2013年12月15日日曜日

我が家の windows XP 問題への対応

 2014年問題」という言葉を最近頻繁に耳にします2014日(日本時間では2014日)にWindows XPなどのサポートが終了し、セキュリティ更新プログラムが配布されなくなることから、いわゆるウイルス感染や不正アクセスの拡大などさまざまなトラブルが発生すると予想される、、、、
 というわけで私の周りでも、そろそろ新しいパソコンに買い換えねば、、、、とか、思い切って買っちゃった、など喧しいです。

 私もいろいろ考えた結果、ここにひとつの結論を見出しましたので紹介します。

 結論は「オフィスで使用したリース落ちのパソコンを購入する」というものです。ただし、インストールしてあるソフトは、「Windows 7」であることが必須です。
「Windows 8」 ではありません。なぜなら、「Windows 8」はまだ世の中で使用されているうちの1割もありません(まだ未熟)。それに対して「Windows 7」は4割もあり、まさに全盛期です。ディスプレイでのタッチ操作などは使うつもりもないですし、はたまた専用のディスプレイを購入せねばなりません。

 何よりもうれしいのは、「延長サポート期間(ウイルス対応などの更新)」が2020年1月14日まであるのです!!!(「Windows 8」でも2023年1月まで)

 実際に購入したのは写真のパソコン( Hp Compaq 6005 Pro USDT )(写真、上・右)で OS は Windows 7 Professional が乗っていました。この機種はおそらく2010年の発売ですから、1クール(3年)でリース落ちしたものでしょう。(これがなんと福沢諭吉さんおひとりで、、、、)

主なスペックは、
・CPU: AMD Athlon™ II X2 B24 プロセッサ (3 GHz、2MB L2キャッシュ)
・チップセットAMD 785G チップセット
・メモリスロットSODIMMソケット x 2/ DDR3 SDRAM 
・HDD: Serial ATA/300 : 250GB (7,200rpm)
・筐体寸法: ウルトラスリム型 (縦置き/横置き可)66×254×251mm / 約 3.1kg 
DVDスーパーマルチドライヴ搭載       です。


 CPUはこれまでずっと Intel を使ってきましたが、一度 AMD を使ってみたいと思っていたので楽しみです。ところが、右上の写真でわかるように、RS-232C や セントロニクス・インターフェースなどのいわゆるレガシーポートがまったくありません。かなりの部分は、USBへの変換で何とかなるでしょうが、ソフトまで考えると、「Windows XP」機も併行して使っていかねばならないでしょう。

 例によって、早速内部観察です。あの HP(ヒューレット・パッカード)の流れを汲むだけあってすばらしい造りです。思わず見とれてしまいました。CPUクーラーにはヒートパイプが使われているようです。左上の空間は、2.5インチのハードディスクドライヴと DVDスーパーマルチドライヴをはずした空間です。

 このセットには、安価なだけあって万一のときのリカバリーディスクが付属していません。

 リカバリーについては、私はいつも本機とおなじ「クローンディスクドライヴ」を作成して保管しています。ソフトにAcronis True Imageの無料試用版を使えば容易に作成できます。
 右写真は「クローンディスクドライヴ」を本機にマウントしているところです。
 上写真はめでたく「クローンディスクドライヴ」で「Windows 7」が立ち上がったディスプレイを示します。

つぎは前述した「Windows XP」機との併行使用の問題です。
 完全に、個々に独立して使えばなんら問題はないのですが、ディスプレイ、キーボードそしてマウスを2組そろえねばなりません。しかしながらキーボードは同時に2つ打つことはありません。

 いっそのこと力技で、多極2接点のスイッチを使って作ってみるか、、、、それともアナログSW ICを使って、、、、などと考えをめぐらせていましたが、ネットでBUFFALOのまさにこれ!といった製品が販売されており、かつ、なんと60%offの通販を見つけ、即お買い上げ、、、、
 部品代と手間を考えれば、いかに自作好きの私でもこれは当然の結論です。
 幸い私の無線ルーターはハブ端子もあり、2つのパソコンとそれぞれLANケーブルで接続しインターネットも個別使用がOKとなりました。

 これで当分の間は2014年問題」に煩わされることなく、(「Windows XP」機は、サポートが切れれば、場合によってはインターネットをオフラインにして既存のプログラム専用で使用)パソコンを継続して使っていけそうです。

2013年12月14日土曜日

カンボジアへお寺参り (その4 アンコール遺跡・その1)

 昨日、ダナンからカンボジアまでレシプロ機(ATR-72)で飛びましたが、わずかな距離にもかかわらず、2時間以上かかってしまい少々くたびれました。
 でも、ひさしぶりのホテル・レストランでの食事に満足して(でもドリンクはサービス料込みで2倍以上)ゆっくり休みました。

 さて次の朝は、例によってバイキングです。ホテルは今までの中では一番良く、レストランも広々としていました。

 が、食事はさほど代わり映えしません。
 窓の外に目をやると、ランの花が、、、、うまく木の幹に固定してありました。


通路には、ハスの花の花弁の先を折ってひと回り小さくしたものを水盤一面に敷き詰めた飾りものがあり、南国情緒を高めています(右写真)。




 ロビーの中二階から見たホテルの一部ですが、なかなかいい感じです。
 そして玄関には、誇らしげに五つ星のプレートが、、、、



 そしていよいよアンコール遺跡群に出発です。



 アンコール遺跡群は、前回少しお話しましたが、基本的には左図の③アンコール・ワット寺院の北に位置する城砦都市遺跡アンコール・トムのみが仏教様式、その他はヒンドゥー様式です。

 今回は左図の①と②をご紹介し、残りは次回以降にしたいと思います。



 まず私たちは、右写真の管理オフィスに行き、アンコール遺跡群への入場チケットを購入しました。
 一列に並んで、それぞれの顔写真をとり、ほとんど待つ間もなく、下写真のような入場チケットが交付されました。


 顔の写真がボケてはっきりしませんでしたので私たちは「ボケボケチケット」と呼んでいましたが、これを首にかけて、それぞれの遺跡を巡回するわけです。われわれのチケットは、1週間有効で、40ドルでした。

 再度バスに乗り、最初に目指したのは①のプラサット・クラバンです。(右下写真)

プラサット・クラバン花の寺の意味を持つ、10世紀に造られた細長い羊羹のような形の基壇上に並ぶ5つの煉瓦の塔(祠)からなる小さな寺院です。
 私たちは裏側からお寺に向かって進んでいます。


 左写真は表側から中央のを見たところです。
 あちこちで修復作業が進んでいましたが、このの中も同様でした。
 この祠の中には、ヴィシュヌレリーフが全部で3面あり、右写真は正面のものです。
 ヴィシュヌが、自身の乗り物であるガルーダに跨って座り、4本の腕のそれぞれには蓮華、法螺貝、円盤、棍棒を持っています。


 レンガで造られた祠の外壁にも左写真のような女神像のレリーフが刻まれています。



 基壇の前には神々を守護するかのように獣の像がずらりと並んでいます。
 この向かって一番右、すなわち北側の祠の中にも半ば修復を終えたレリーフがありました。


 両側を信者により守られたヴィシュヌの妻である女神ラクシュミーのレリーフの一対が描写されていました。(左写真、両方ともラクシュミー)
 少し見難いですが、そのうちのは、女神がシヴァのトリシューラ(三叉戟・さすまた)とヴィシュヌの円盤の両方を持ており、おそらくシヴァ神やヴィシュヌ超越する偉大な女神としてラクシュミーを表現しているのでしょう

 近くの水田?には水牛が草を食んでいました。








 さらに私たちはバスに乗り、今回のアンコール遺跡群の中では最も遠い、バンティアイ・スレイへ向けて、北東へ約16km移動します。 そこには前々から楽しみにしている、「東洋のモナリザ」と呼ばれる彫像に会えるはずです。

 バンテアイ・スレイの寺院遺跡に到着です。近くには朝の陽を浴びてハスが開花を始めていました。

 バンテアイ・スレイバンテアイは砦、スレイは女で、「女の砦」を意味するヒンドゥー教の寺院遺跡です。大部分が赤い砂岩により造れており、規模こそ小さいですが、精巧で深く彫られた美しい彫刻が全面に施されています

 したがって観光客には絶大な人気があり、「アンコール美術の至宝」などと賞賛されていますし、中でもデヴァターの彫像は「東洋のモナリザ」とも呼ばれています

 右写真は遺跡を正面から見たものです。入り口には観光客の列が見えます。
 そして左写真は、入り口である門の上部に施された緻密なレリーフです、ぜひ写真をダブルクリックしてみてください。


これらの写真からもバンテアイ・スレイのすばらしさがお分かりいただけると思います。






 








 そして左下写真が「東洋のモナリザ」とも呼ばれるデヴァターの彫像です。


 デヴァターとは、アンコール遺跡特有の要素のひとつで女神を意味していているというその華麗な肢体は寺院の壁面にレリーフとしてデザインされています


 デヴァターは寺院壁面の窓の横や間などに配置されることで、壁面の空白を埋め、壁面に温かさと潤いを与え、さらには寺院に華麗さをも感じさせる存在です。
 これらのおびただしい数のデヴァターひとりひとりに個性があり二つと同じものがないといわれていますが、左写真のデヴァターが「東洋のモナリザ」とも呼ばれるデヴァターの彫像なのです。

 この後私たちは昼食後、ホテルに帰って2時間ほどの休息です。なんとツアーもこの国の人たちと同様に振舞うなどはビックリの体験です。

 というわけで、アンコールワットは午後の昼寝の後に、、、、

2013年12月8日日曜日

飛騨高山の美術館訪問

 晩秋というより、初冬というのがふさわしいこの時期に、地元美術館の催しに参加しました。 題して「美術鑑賞の旅」ということで日帰り、昼食つきのバス旅行です。
 行き先は飛騨高山の美術館二ヶ所で、「飛騨高山美術館」とその近くにある「光ミュージアム」です。出発は8時ですが、寒さもそれほどではありません。

 東名高速を西に、一宮ジャンクションから東海北陸自動車道を北上します。右写真はちょうど郡上八幡まで来たところです。


 このあたりから路は徐々に登りとなり、約1000mの峠を越えて日本海側に出ます。バスの車窓を見ると、先日降ったらしい雪が残っていました。

 天候も様変わりで、小雨もよう、道端の温度計は2度を表示していました。
 やがて路は下りとなり、飛騨清見ICから中部自動車縦貫道に乗り換え高山を目指します。(右写真)


 高山市街につき、わき道に入ってしばらく行ったところに、美術館のカンバンがありました。

 「飛騨高山美術館」に到着です。右写真の中央が正面玄関、左側の赤いバスは、送迎バスとして使用されている1967年製の階建てクラシックロンドンバスです。本国イギリスでも現在は走っておらず、世界で2台しかないとか、、、

 館内の撮影OKにはラッキー!!!
 左写真は、この美術館最大の呼び物、ルネ・ラリック1926年製のシャンゼリゼ・ショッピング・アーケードの噴水です。
 こんなに大きなルネ・ラリックは、初めて見ました。
 でも中央部より少し上に、ラリックらしいガラスの彫刻があしらってあります。(写真右下に拡大したものを掲げておきました。



 そうは言ってもラリックはやはり香水瓶でしょう。右写真はこれぞラリック、、、、
 典型的な、1920年製の「3羽の燕」です。


 また、左写真は1928年製の「牧神の接吻」です。
 じつは私は以前からアール・ヌーヴォー、アール・デコが好きでしたので、今回のように多くの作品にお目にかかれたのはほんとうに幸運でした、感謝。



 ほの暗い展示場の中央で私を呼んでいたのは、1905年製ティファニーの「孔雀文テーブルランプ」でした。もちろんティファニーも大好きです!

 この「飛騨高山美術館」ガラス工芸の作品と家具を中心に展示する私立の美術館で、16世紀から20世紀の世界中から収集したガラス工芸品(特にアール・ヌーヴォー、アール・デコのガラス工芸品や19世紀末の家具や照明器具など1000点以上収蔵しているそうです


 左写真は館内展示の様子で、照明を上手に使って作品を生き生きと見せています。


 右写真は1900年頃の晩年のエミール・ガレによる花器「フランスの薔薇」です。赤い色がきれいです。



 左写真も同じくガレによる「女兵士文付花器」(1880年)です。







 左写真はアール・ヌーボーの家具の巨匠といわれた、ルイ・マジョレルの1900年頃の作品を集めた展示です。
 時代を超えて、美しいものはやはり美しいです。






 ミュージアム・ショップにはもうクリスマス・ツリーが、、、、

 昼食のために立ち寄ったホテルで、当地名物の「さるぼぼ」がお出迎えです。

 右写真は当日の「お昼」です。和食が世界遺産になったそうで、景気をつけたわけではないでしょうが、このあと二品+デザートでおなかいっぱいでした。

 ホテルのお土産売り場には写真のような色とりどりの郷土玩具や、お菓子などがたくさん売られていました。



 ホテルの庭木も雪釣りなどの冬支度がしてありましたが、途中の道路から見た家々も同様でした。なかなか風情があります。


 お昼ごはんと休息の時間をはさんで、午後は「光ミュージアム」です。


 左写真は、マヤ文明をモチーフにした建物の入り口正面です。この奥に、ピラミッド状の美術館(半地下)があります。




 入り口から美術館へ降りていくところです。この後は撮影禁止、、、、


 今回の目玉は「光ミュージアム」の開館15年を記念し、特別展「上村松園と清方・深水展」す。 
 明治時代以降、日本画のジャンルの一つとして確立された「美人画」に関し、近代日本を代表する美人画家 上村松園、鏑木清方、伊東深水の魅力を一堂に会した展示がたのしみでした。

  特に研究者にも存在が知られていなかった幻の作品『紫式部図』(左)を始めとした、松園10点、清方15点、深水6点は全て「光ミュージアムのコレクションで、清らかで気品に満ちた美人画の秀作を十分に堪能できました

 また右も同じく松園作、「三美人之図」です。
 二人しかいないって?、いや右の女性の後ろに隠れるようにして立っています。傘の数からもわかります。
 手前から未婚の女性、ついで若妻、そしてもう一人の女性は眉を落としています、、、、

 同時代を生きた、よきライバルであった鏑木清方と彼の弟子、伊東深水の作品をもあわせ、学芸員の解説を聴きながらじっくりと鑑賞することが出来ました。

 さらに明治8年生まれの上村松園が、2歳にして父をなくし、15歳のとき来日中のヴィクトリア女王の三男アーサー王子に絵を買い上げられ、昭和24年74歳で没する前年に女性としてはじめて文化勲章を受章したなどなどの波乱に富んだ一生もしっかり理解できました。


 飛騨の地の天候はあまりよくはなく、バスの長旅もそこそこ疲れましたが、それにも増して多くの良い作品たちに出会えたこの旅は十分満足できました。