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2021年12月22日水曜日

スマホカメラは使える

 齢80近くになり、流石に世の流れに抗しえず、家族最後のスマホ・オーナーになってほぼ1ヶ月になります。

 その時の殺し文句が、「カメラとしても使えるよ!!」というものでした。待つこと1ヶ月、ようやく左写真にある三つ目のスマホを手にしましたので、今回、以来機会あるごとにシャッターを押して?、撮りためた写真について考察してみました。

 もともとフィルムカメラがルーツの私は、従来気合を入れての撮影はもちろん1眼レフで、所蔵の交換レンズもかなりなものになります。
 フィルムがデジタル化されても基本的には変わりなく、いざ出陣、、、のときには三脚などを含めてほぼ10kgにもなっていました。

 加齢とともに軽量化を図らずを得ず、現在のお出かけ標準は、小型軽量の1眼レフとズームレンズ1~2本、そしてサブカメラとしてレンズにこだわった小型のデジタルカメラ、といったところで、ここのところこのブログも、基本的には上記の機材で撮影したものを使っています。

 最初の写真は早朝散歩の景色です。

 レンズは0.5を選択しましたが、これはいわゆる広角です。35mm相当では13mmだそうですが、そんな超広角レンズは一眼レフではめったに無く17mmくらいがやっとでした。

 続く写真も同様ですが、どちらもあまり大きな収差も気にならず、ごく自然に撮れています。

 つぎは町内に咲いている、バラと皇帝ダリアです。
 この皇帝ダリアはここずーっと毎年同じ時期に花開いて、道行く人を見下ろしています。



















 時は、冬至前の午前7時過ぎですから、まだ太陽は登っていません。でも花の色は決して不自然ではありません、十分にきれいです。

 バラは35mm相当で26mmf1.5と普通の広角レンズです、f値は1.5なので若干のボケ効果が見られます。

 皇帝ダリアは77mm、f2.8で準望遠といったところです。少し距離のある花ですが、奇麗に撮れています。


 右は、散歩道のモミジ並木です。今年の紅葉は、少し寂しげでしたが、でも時節が来ればしっかりと秋の終わりを告げてくれました。これも77mm、f2.8です。

 左の竹林は、過日訪れた白鳥公園での撮影です。
 26mmf2.8です。

 これも白鳥公園での撮影で、26mm、f2.8、シャッタースピード1/1266秒でした。(右下)
 なぜシャッターが(深絞り・低速でなく)高速なのかはわかりませんが、逆光の紅葉はきれいです。









 左は浜松にあるレストランの入口を撮影したものです、日中ですが曇天のためかスッキリ感に乏しく、ぼんやりとした感じです。

 右は同じく建物の外装と前庭ですが、同様のトーンです。
 レンズはともに26mm、f1.5です。










 左は前庭にあった黄色い花です、やはり再度の高い被写体は映えます。同じく26mm、f1.5です。

 これからは室内写真です。
 右はよく見かけるお昼のメニュー写真ですが、きれいに映っています。真上から撮っていますが、この撮影スタイルは手早くしないと周りから目立ちますョ。14mmf1.8と広角です。



 クリスマスの花(赤い部分は葉です、花は先端中央部に小さくある)といえばポインセチアです。赤と緑のコントラストはきれいですがこの花には毒があります。77mmf2.8です。






 部屋の片隅には美しい観葉植物(フィカス・ウンベラータ)がありました、比較的暗いところですが、よく映っています。77mmf2.8です。

 クリスマスと言えば、ツリーとサンタさんです、かなり暗いところですがうまく撮れました。(26mm、f1.5、1/60秒)
 この条件でうまく撮れているのは手ブレ防止機能が上手く働いているからでしょう。

 以下は特別な撮影となります。

 右は早朝散歩のときに見かけた月(ほぼ満月)で、西の空にありました。

 半信半疑でシャッターを押してみましたが、思いのほかよく撮れていて、ウサギさんの模様も何とか見えます。406mm、f2.8、1/157秒の超望遠ですがこれも手ブレ防止機能の賜物でしょう。





 これはコンピュータのメモリ基板ですが、細部まできれいに映っています。私の電子工作の記録にも十分に使えそうです。



 右は上の基板の一部を接写したものですが、どの部分かわかりますか? ヒントは中央部下です。

 右写真に写っているICのピン(足)間隔が0・7mmですのでかなりの接写拡大が出来ています。
この機能で自然界の動植物をいろいろ写してみたいものです。

 まだデフォルト設定のまま使い始めて、それほど経っていませんが、このスマホカメラはいくらかの弱点はあるもののセカンドカメラとして十分なポテンシャルを持っていることがわかりました。
 今後さらに使いこなしていきたいと思います。

2021年5月30日日曜日

梅雨の晴れ間の庭花

 

 今年は記録破りの5月中旬の梅雨入りとか言われていましたが、下旬に入って雨も一段落、梅雨の晴れ間となっています。

 庭のサツキもいよいよ出番、、、、それも当然、名前の由来は5月(皐月)に咲く花からきています。この花は万葉の昔から「岩つつじ」として歌集に登場していたとか、、、

 ツツジが4月ごろ開花してから葉が出るのに対し、サツキは葉が生えそろったいまの5月に開花します、濃い緑に花がほど良く映えています。







 一方こちらはジャスミンの花盛りです。古く親しい友人からもらったもので、ゴーヤーなどの緑のカーテンに代えて育てていたものがようやく様になってきたのです。









 このブログをアップするに際して、少し調べてみました。このジャスミンはスタージャスミンと言われるもので、中国、台湾に分布するキョウチクトウ科テイカカズラ属の常緑性つる性低木だそうです。

 通常のジャスミンがモクセイ科ソケイ属で、原産はインド・ヒマラヤ・カシミールとされていますので似たような名前ではあるものの別種です。

 しかしながらその香りのよさと、楚々とした花の美しさで近頃もてはやされているとか、、、、

 そしてもう1種類狭い庭に我が物顔で咲き誇っているのは、南東ヨーロッパから中央アジアに分布する、セリ科オルレア属のオルラヤ・ホワイトレースです。












 我が家の庭がよほど気に入ったのか、年々増加していますが、白いレースのような繊細な花は、この時期同時に咲くバラなど多くの色合いの花とよく調和するようです。

 これから本格的な梅雨になれば、似合う花はアジサイでしょう。

 左写真は庭の片隅に咲いているヤマアジサイです。
 ヤマアジサイ(山紫陽花)は通称ガクアジサイとも呼ばれる原種に近いアジサイで、華やかさや豪華さでは園芸品種の大ぶりなアジサイには譲るものの、より自然な魅力があり、その可憐な花姿や小ぶりな樹形から根強い人気があるようで、花の色の変化も見逃せません。




 右写真はガクアジサイの仲間、墨田の花火です。
 もともと横浜のとある民家の庭で育てられていたものを園芸種にしたもののようで、花は白から次第にほのかな青色になっていきます。
 名前の「墨田の花火」は花火のように星形の花が飛び出すような様子を隅田川の花火大会にたとえたものだそうです。

 我が家にはこのほかに何種類かのアジサイがあるのですが、寂しいことに今年はなぜか花をつけていません。

 コロナに梅雨と、何となく重苦しい日々をこれらの花々に慰められているような気がしています。

2019年9月8日日曜日

ライカ (LEICA IIIf) 救出

 先月の末、久しぶりにカメラ屋さんに出かけてきました、と言ってもついでに立ち寄ったというべきでしょう。

 カメラ屋さんではありますが、今はデジカメプリントが主で、カメラの販売スペースはずいぶん狭くなりました。
 私のお目当てはさらに狭いスペースにある中古カメラゾーンですが、ここには時々掘り出し物が並びますので覗いてみる楽しみがあります。

 この日もハッセルブラッドのプロシェードやプリズムファインダーなど心惹かれるものがありましたが、、、我慢です。と、その奥にじっとこちらを見ているものがありました、それが冒頭写真のライカ(LEICA IIIf)でした。値札をチラと見ると¥35kをありましたので、まあそんなものかな、、、と帰りかけましたが、何かがおかしいのです。値札の最後の0が一つ少ないのです、¥3.5k!!!

 このライカ(LEICA IIIf)は開発者のオスカー・バルナック氏にちなんで、「バルナックライカ」または「バルナック型」と呼ばれます。これは氏がドイツの名門「カール・ツァイス」から「エルンスト・ライツ(現ライカ)」に転職し、1914ライカ24×36mmカメラを試作し、1955年ごろに新しいモデルのMシリーズが出るまで続いた伝説の名品なのです。

 さっそく手にとってチェックしました。巻き上げは少し硬いもののシャッターは切れます。ファインダーはまあまあ、距離計の2重像はダメでした。スプールも入っているし、大きな問題はありません。

 店員いわく、修理にお金がかかりすぎるので、AS-ISで飾り物にでもして頂くつもりの値付けです、とか。これは飾り物としても破格の安値です、勿論連れ帰りました。






 不具合箇所が分かっているので、さっそく分解整備にかかります。ほとんどがネジで固定されていますので、小さなマイナスドライバーで分解できますが、スペシャルツールを使うと便利な場所もあります。

 右はトップカバーを外したときに内部のボデーに刻印してあるシリアルナンバーをチェックしているところです。(ナンバーの一部は隠してあります)

 この番号の一致で先ずは一安心です。ライツ社はこの番号を管理していますので、さっそく資料を調べてみました。それによれば、このライカは1951~1952に造られたIIIf型であるとされていました。
 また、トップカバーのシンクロメモリが黒色で刻印されており、セルフタイマーも付いていません。

 こんな感じでどんどん分解していきます。










 このカメラが造られた1951年と言えば戦後復興に注力していた時期ですが、世界で珍重されたこのライカが外貨獲得に一役買ったのは間違いありません。

 




 左写真に見られる、ファインダー用のプリズムを観ても、造りの良さにほれぼれするほど技術は優れており、その時点ではまだ日本のメーカーは足元にも及ばない時期だったと思います。




 布でできた、シャッター幕を透かして見ると、コーティングされたゴムが剥がれ落ち、すだれ状になっています。70年の歳月がしのばれます。



 シャッターのリボンはまだ健在でしたので、幕のみ手持ちの新しいものに取り換えました。

 左下にシャッター幕の新旧をあげておきます。











 距離計のハーフミラーは、表面に蒸着した金属が見事に劣化していました、これではまともに2重像は観られません。

 このミラーは約7x9mmの小さなものです、手持ちのハーフミラーからガラス切りで切り出しましたが、小さいがゆえに結構難しい作業でした。

 ことのついでにスローシャッター用のガバナーも取り出して、清掃しておきました、ジーッという作動音も何か懐かしい感じがします。



 最後に整備後のボディーにお定まりのレンズである、沈胴エルマー、f=5.0cm 1:3.5を装着した晴れ姿を掲げました。

 これでまた1台仲間が増えてしまいましたが、久しぶりのカメラいじりに至福の時を過ごし、絶滅保護種が救出できたことに満足しています。

2014年2月4日火曜日

なつかしのEOS 20Dを救出

 つい先日、急ぎの写真プリントをするために近くのカメラ屋さんに出かけました。しばし後、プリントを受け取って帰ろうとしたそのとき、何かが私を呼んでいるような気がしました。

 振り向いてショウウインドウの片隅を見ると往年のディジタル一眼レフ 「キヤノン EOS 20D」が「処分品 ¥1000」のカードとともにあったのです。

 店員さんに説明を受けましたが、「動作はしますが、バッテリーその他付属品は何もありません」とのことでした。バッテリーは私が所蔵しているEOS 5Dと共通なので問題なく、取扱説明書や付属のソフトなどはキヤノンのホームページからダウンロードできます、、、、ということでボデーキャップすらない EOS 20D を家につれて帰りました。 

 さっそく適合バッテリーBP-511A」(右写真)をいれ、CFメモリーをセットし、適当なレンズを装着して試写しましたが、特に問題は見られませんでしたし、ファームウエアも最終版の2.0.3が入っていました。

 EOS 20Dは、2004(平成16)発売されたキヤノンのディジタル1眼レフ(たしかボディのみで約20万円)は従来の銀塩フィルムカメラからディジタルカメラに時代が大きく変わる時点に出現した大変エポックメーキングな機種だと思っています。そしてこのとき以降キャノンの独走が始まったのです。

 ボディはシャシーにステンレス合金を、外装カバーにマグネシウム合金を多用していますし、何よりもうれしいのは視野率95のファインダーにペンタプリズム使用しており、視た目が非常に美しいことと、1/8,000,X=1/250シャッターは機械式であることです。このことはそれまでの、今ではクラカメ(クラシック・カメラ)と称される機械式カメラのテイストそのままで、クラカメを経てきた私にはたまりません。

 そしてディジタルカメラとしては今でこそ撮像素子APS-Cサイズ有効820万画素3,504×2,336ピクセル)と少なく思えますが、A3サイズの作品をつくるわけではなく(そのときはEOS 5Dの登場)、お散歩カメラとしては0.2秒の高速起動とあいまって十分だとおもっています。

 本体を再度改めてみましたが、落下や当たりによる傷は見られず、ストロボシュー(左写真上部)と底面手前(下写真手前)に使い込みによると思われる摩れがみられました。これらはクラカメマニアにいわせれば「景色」と称し使い込んだ証だとか、、、、

 後はCCDの傷と、オートフォーカスのチェックです。CCDはとりあえずの意味で、白紙を撮影し、観察しましたが異常はありませんでした。

 フォーカスチェックは以前にカメラ屋さんに「下手なチャートを使うより、新聞紙で十分」と聴いた記憶があり、壁に貼った新聞紙を左写真のように約1.5mのところから中央重点AFで撮影して、これを各部位ごとに500%にして見てみました。



左写真は中央部の拡大(500%)、


 右写真は左上部の拡大(500%)ですが問題ないと思われます。
 他の部分もほぼ同じですが、これ以上の追求はむしろレンズの性能に及び当初の目的からピントはずれ?



 左は先回投稿したブログの写真ですが、実はこのカメラで撮影したものです。


 私は久しぶりに楽しい思いをしましたが、「またゴミをふやして」の声が聞こえてきそう、、、、

2012年6月9日土曜日

久しぶりのカメラ修理 コーワ・フレックス E


  久しぶりにカメラの修理をしました。過日、高校時代の親しい友人が私の趣味に思い当たり、「診てくれないか?」と頼まれたものです。
 託されたカメラは「コーワ フレックス EKowaflex E)です。




 コーワとは「興和」のことで、あの「ケロちゃん」で知られるコルゲンコーワのコーワです。かつてはこの会社は多くの部門を持っていましたが、いまは撤退したカメラ部門もそのひとつです。
  さてこのコーワ フレックス Eは1961年に発売された、レンズシャッターつき、レンズ固定式の一眼レフです。f=50mm、1:2のレンズがついていますが、これらのスペックから判断して、汎用・入門用であったと推察されます。
でも発売当時、(このモデルはロゴがKowaflexでなく、Kowaとなっているので1962年以降)¥25800もした高級品でした。(大卒初任給でも¥20000くらい?)彼が大切に使ったのは十分に理解できます。
 カメラを観察すると、さすがによく使い込んであり、トップカバーの凹み(上写真)、レンズのフィルターネジ部の凹み(右上写真)など落下の形跡があります。シャッターは動きが渋いですが、長期作動させないときの現象です。何せ当時一世を風靡した「SEIKOSHA-SLV」シャッターが装着されていますから大丈夫でしょう。ただこのカメラのウリである、外光式露出計は動いていません、残念!!!
 ファインダーを覗くと多量の埃でシッカリと汚れています。

 さていよいよ分解です。お決まりの手順で、1.巻き上げレバーをはずす。(左写真)時としてこのネジは逆ネジのときがあり、要注意ですが、今回は順ネジ(右締め)でした。

 2.フィルム巻き戻しノブをはずし(奥の皿の上に転がっている)、次いでトップカバーをとめているネジをはずす。(右上写真)3.ついでトップカバー横のネジも、、、(左写真)

 4.これでトップカバーが外れました。(右写真)中央のピラミッド状のものはペンタプリズムです。

 5.(左写真)手にしているのは一眼レフの象徴、ペンタプリズムです。いまどきの安い「デジ一」はこれがなく、鏡(ダハミラー)のものが多いとか、、、、 6.(右写真)右側はフォーカシングスクリーン、ずいぶん汚れています。円筒形のものは露出計用のメータ。断線していませんでした、ヤレヤレ何とか使えるようにしよう。

 左写真はここまでの分解で出てきたものをまとめて撮影したものです。このほかにも、数多くの径1mmクラスのネジがあります。シャッターは繰り返し作動で元気になりました。
 中央下の四角いものはフォーカシングスクリーン部に使われているものたちです。

(右写真)手に持っているのは劣化した「セレン光電池」で、もう今は絶滅しており入手できません。代わりに古い電卓に使われている「シリコン光電池」を試してみる事にしました。下写真は取り出したシリコン光電池で、サイズ的には何とか組み込めるようです。出力電圧は高いですが、直列に抵抗(実際には10kΩを使用)を入れることで正確さには欠けますが、使えるでしょう。

 右写真はファインダーを覗いたときに見られる像です。見にくいですが、右側に指針と指針を合わせる指標があります。シャッター速度と、絞りを互いに変えて、針が指標に合ったときが適正露出というわけです。
 とりあえず完成です。本当はまだレンズを分解して汚れなども取りたいのですが、なにせモノクロ全盛時代のファミリーカメラで、カメラそのものよりもオーナーの思い出のほうがはるかに価値があると考えました。

 したがって、このカメラはオーナーの座右にでも置いてもらって、時々空シャッターを切って音を楽しみ、カメラの質感・重量感を肌で感じてもらい、興がつのればモノクロフィルムを詰めて散策にでも出かけるような存在であって欲しいと思います。
 彼がこのカメラでファインダーを覗いたとき、きっとあの高校時代のシーンが見えるに違いありませんから、、、、、