2026年6月15日月曜日

ひさしぶりの東京ランチ2題

  これは我が家の好物の一つ、「銀座ウエスト」の「ダークフルーツ・ケーキ」です。
 3ヶ月以上ブランデーやラム酒に付け込んだカリフォルニア産レーズン、オレンジピール、レモンピール、プラム、チェリーなどを使用し、黒蜜ベースの濃厚な生地に混ぜて焼き上げた焼き菓子なのです。 

 今回ひさしぶりに上京した際に「銀座ウエスト」へ、ランチに出かけました。
 この店の名前は、もともと「GRILL WEST GINZA」だったものが、GRILLが取れてWESTとGINZAがひっくり返ったとのことで、ケーキ専門だったわけではないようです。

 今回出かけたのは、国立新美術館近くにある、
銀座ウエストの「青山ガーデン」店です。
 緑に囲まれ、ヨーロッパ風の飾り窓のついた落ち着いた建物でした。

 開店は朝11時ですが、5分ほど前に到着したところ、平日にもかかわらず、すでに15名近い人が列を作っていました。

 店内は白熱灯系の光で統一され、通りに面した大きめの窓からは色濃い木々の葉がきれいに見えていました。















  右上は飲み物です、ハーブティーとホットココアを注文しました。
 ハーブティーは追加のお湯をサービスしてくれますし、ホットココアはそのまま何杯でもお替りOK、、、というのにはいささかビックリ!

 飲み物のコースターに小さな絵が印刷してあるのに気づきました。よく観ると子供(キューピッド?)が
木にとまった小鳥たちの歌を指揮しているようです。

 後で調べたところ、これは銀座ウエストのロゴマークで、 名前はフリッツ君。一般公募で決まったそうなんですが、なぜその名前になったかは記録が残ってなくてわからない、、、、そうです。






 右写真は、キッシュです。あまりにもおいしそうなので、写真を撮る前にひとくちパクリ!!







 ついで、ハムと野菜のサンドイッチです。

 






 そして最後は、名物メニューのホットケーキです、それもダブルで!
 このホットケーキは直径18cmもあり、厚さも3cmくらいあります。おおきさはこれを焼くフライパンのサイズで決まり、均一の焼き目はIHヒーターを使って実現したとか、、、以上は4名分です、念のため。

 何はどうあれ、きわめて自然でおいしいに尽きました、バターで良し、メイプルシロップでさらによし。

 「パンがなければ、パン菓子を食べればいい、、、」はマリー・アントワネットの言葉だそうですが(今ではルソーが著書の中で使ったとされている)、お昼に菓子系のランチを摂るのは初めての経験でしたが、おいしいものはやはりおいしい、、、

 折角ですので腹ごなしを兼ねて、近くの「国立新美術館」に出かけてきました、路傍のアジサイも今たけなわです。



 2日目のランチは、イタリアンです。昨日は青山でしたが、今日は田町で、周りにはオフィスビルが林立しています。















 そんな街角のひとつに「Ristrante La Ciau」があり、その地下1階の店が目的地でした。
 この店のシェフは北イタリアのピエモンテ州で修業したそうで、かの地の郷土料理がウリだそうです。 La Ciau は鍵を意味するそうで、同じ鍵でも開けるほうの意味合いが強いとか、、、

 地下への階段を降りると、正面の壁にたくさんのサインがありました。これもあとで聞いた話ですが、この店も随分な人気で、なかなか予約が取れないとか、、、








 左写真は店内の様子です、予約主体の店で、開店早々に入ったので他には誰もいませんでしたが、しばらくするとたちまちに満席に、、、

 ということで、最初の前菜5種盛り合わせ、プレートが豪華でした。










 


 次いでスープです、写真の奥を見るとわかりますが、このスープ皿は斜め手前に傾くように作られていました。 でも、スープは手前から奥へとスプーンを運ぶのがマナーですので手前が高くなるように配膳するのが良いように思いましたが、、、、

 メインのパスタです、トマトベースで重厚な味ですが、北イタリアの味なのでしょうか、赤ワインが合うように思いましたが今回は恥ずかしながらビールで、、、、








 



 最後はデザートで、イタリアの伝統菓子ズッパ・イングレーゼでした、コーヒーとともにおいしくいただきました。
 我が家の近くにもイタリア人シェフのレストランがあり、確か彼も北イタリア出身だと言っていました。なんとなく味が似ているのはそのせいだったのかもしれません、勿論この店もミシュランの星付きです。 

 木々が元気に緑を濃くしている時節に、我々も元気をもらって、久方ぶりに東京に出かけ楽しい時を持つことができました、健康に感謝です。

2026年5月20日水曜日

もう夏です、我が家の庭、、、2026

  ここのところ、空は青く澄み渡り、気温も30℃を上回る、、、などと5月も半ばだというのに、もう夏です!

 我が家の庭で夏の到来を告げるものの一つが、左写真の「ジューン・ベリー」で、数mmの実があかくいろづいてきました。
 ジューン・ベリーは北米が原産のバラ科落葉中高木で、春は白い可憐な花、5月に赤い実をつけ、秋にはきれいな紅葉となり、一年中楽しむことができます。
 赤い実は黒っぽくなってきたら食べごろで、そのまま口に入れると小さな種が少し気になりますが、素直な甘さが落ち着いた気分にしてくれます。

 さすがにこのおいしい実を小鳥たちが見逃すわけはなく、朝早くから幾種類もの鳴き声が聞こえています。
 そんななか、小鳥たちと競うようにして、黒く熟した実のいく粒かをほおばってから朝の散歩に出かけるのがこのところの日課となっています。
 ちなみに花言葉を調べてみました、「穏やかな表情、穏やかな笑顔」とありました。

 もう一方で、これも我が家のシンボルツリーである、「キーウイ」も花が真っ盛りです。
 キーウイは雌雄別株で、オスの花が少し早く咲き、次いでメスの花が咲きます。そして花が終わった後には写真右上にみられるような赤ちゃんキーウイが沢山見て取れます。

 ある時期以降、ミツバチなどの昆虫をあまり見かけなくなりましたが、何事もなく例年結実していますので、キーウイは風媒花なのかもしれません。

 このキーウイはもう60歳にはなり、私たちの子供と同じような年齢なのです。そして秋に熟したたくさんの実を、親子孫ひ孫の4代のそれぞれが食べる、、、という、うれしいシンボルツリーなのです。

 今年はまた一段と多くの花をつけた、「スター・ジャスミン」です。
 名前はジャスミンとなってはいますが、本当はキョウチクトウの仲間で、香りがジャスミンに似ているところからこの名前になったようです。

 白い5弁の花は楚々として美しく、香りも馥郁としたものがありますが、これらは猛毒で、一切口に入れてはならず、この木の傷口から分泌される白い樹液にも要注意です。

 このスタージャスミンは、幼少からの友人にもらったものですが、今年の初めに彼の訃報に接しました。同級生であったということでとりわけ親しくしていたのですが、残念です。

 このスタージャスミンのカーテンが毎年この時期に彼のことを思い出させてくれることでしょう。

 白い花と言えば、今この「レース・フラワー」またの名を「ホワイト・レース・フラワー」もきれいに咲いています。英名では Queen Anne's Lace (アン女王のレース)で、女王がレース作りに堪能だったことにちなんだようです。














 この花の和名はなぜか「ドクゼリモドキ」だとかで、綺麗な花には毒がある? でも実際は毒性はないそうで、単に花の形が似ているから、、、、
 ちなみに花言葉は、「可憐な恋、繊細」!!

 左上写真は、アジサイが花をつけ始めたところです。手前が普通のアジサイ、右上が葉が柏に似ているところから「カシワバアジサイ」、原産地は北アメリカ東部です。

 玄関先で綺麗に咲いているのは「ブルースター」です。
 花嫁が身に着けると幸せを呼ぶという「サムシングブルー」で知られるこの花は通称ブルースターですが、本名?は「ルリトウワタ(瑠璃等綿)」でこれもキョウチクトウの親戚、、、、南アメリカ原産です。

 細かいことはさておき、このような美しいブルーの花は魅力的です。
 今年は家人の丹精あってか、立派に育ちたくさんの花をつけ、ウエルカム・フラワーとして道行く人の目を楽しませています。





 これは花ではありません、そう、「アスパラガス」です。
 今年で3年目になりますが、丹精の結果、今年の収穫は現在までで約100本(この一株だけで)となりました。
 しっかり手入れすれば、あと10年はOK?とか、、、さて来年が楽しみです。

 またまた話は変わりますが、、、、
 我が家の玄関先に「キンモクセイ」の木があり、毎年秋になるとその香りで季節を知らせてくれます。

 3週間ほど前から、朝方散歩のために外へ出るたびにヒヨドリが大騒ぎで、このキンモクセイから飛び立つようになりました。
 不審に思った家人が、樹の内側に作られた鳥の巣を発見しました。中には卵が3個あり、大きさとその模様などからヒヨドリの巣と卵だと判明しました。

 もちろん卵に触れたり、巣を壊すことは法律で禁じられていますのでそっとしておくことにしましたが、こんな場所で果たして営巣ができるのか?と案じていました。
 
 その後ヒヨドリの姿も徐々に見かけなくなり、昨日、巣の中を確認したら、卵は3個ともなくなっていました。

 鳥が卵を運ぶというのは聞いたこともありませんので、カラスか蛇か何か他の動物に襲われたと考えるのが妥当でしょう。でもその痕跡は、巣や木の下などには何もありませんでした、不思議です、、、、

 今年も季節が廻り来たって、夏となり、我が家の小さな庭にもいろいろなことが起こっています。このような自然の事象にかかわっていける健康に感謝しています。

2026年5月9日土曜日

9年ぶりに完成しました・・・ANRITSU製 ATT

  左写真は、ANRITSU製の、おそらくStandard Signal Generator:標準信号発生器から取り外されたと思はれる、ATT(信号減衰器)です。

 手持ち部品を整理していたらこれが出てきたのです。  思い返すと、 このブログの2017年1月23日に

 (クリックでこのページへジャンプ)

として掲載していたものです。
 この部品の詳細や解析結果、実際の駆動方法などが書かれていますが、装置として使うための実装がされていませんでした。

 私のように、解析や実験により興味を持つ者にとって、ケースをつくり、実装して実用装置の形まで作業を進めることはかなりハードルが高いようですが、この機会に完成形まで、、、、と一念発起しました。

 私は実験結果をノートに努めて残すようにしていますので、上記ブログの日付(2017年1月23日)からノートを遡ってみました。

 ありました! 数ページにわたって詳細に記録されており、この時の arduino のスケッチもパソコンの中から探し当てられました。

 コンピュータのプログラムのようなものは別として、実験ノートのようなものは、いわゆる大学ノートに日付順に書き込んでいくだけのほうが使いやすいと私は思っています。(化石人間???
) 
 そんなわけでこの実験ノートも一年で約1冊のペースで、今では33冊目となっていますが、どの記事がどこにあるかの、いはゆる検索が苦手ですので、出来上がったものにはその日付を必ず入れておくようにしています。







 








 上写真が、今回作成したケースで、1mmのアルミニウム板を切断・曲げ加工したものです。
 左側が、ベース側(下側)で表示、ATTコントロールなどの機能部分が搭載されています。右側はATT本体を固定してあり、上からかぶせるようにして一体化します。
 これらはできる限り小型にしたかったため、各所の寸法がギリギリで、組み立てにはかなり苦労しました。

 7セグメントの4桁表示器(使っているのは3桁)とATTの制御基板をそれぞれ駆動するための回路で、ATMega 88 を使っています。(左図)

 表示器は上下逆さにして、ドットを10の位の表示に使いますので、左下図のように、黒字の A B C ・・・を赤字の A B C ・・・に接続を変える必要があります。













 右写真はその実態写真でかなりゴタゴタしており、お恥ずかしい限りです。



 左写真は正面からのもので、左右の金色 SMC コネクタは ATT に直付けされたものそのままで、スペースと性能低下に配慮したものです。

 ツマミを回すと中央の3桁7セグ LED の数字が変化して ATT の減衰量 ーdB を表示しますが、右回転で数字を小さくし、 減衰量が少なくなるようにしてあります。

 写真では ー123dB が表示されています。また今回使用した、ロータリーエンコーダにはプッシュスイッチがついていますので、ツマミを押すと10の位のドットが点灯し、10の位を変化させることができるようになり、再度押すとこのモードは解消されます。

 ということで、9年の月日を経てようやく実用できるようになりました。
 電源の15Vを必要としますが、比較的小型でツマミも軽く、かつ節度も良く、カチカチと気持ちよく作動してくれます。

 念のため製作日時も書きこみました、これで故障時の対応も万全です!!!

2026年3月31日火曜日

ひさしぶりの小旅行 長浜・近江八幡 その2

 その1は中途半端に終わりました、長浜出発以降がその2になります。

  ホテルは琵琶湖大橋の近くにありますので、長浜からは約50㎞の距離、ルートはさざ波街道を使い、約1時間半で到着しました。












 チェックインの後、少し休息してから早めの夕食です。 



 雨は昼過ぎには上がっていましたが、12階のレストランから観る琵琶湖大橋の遠景はかすんで見えていました。
 




 料理はメニューから OHMI CUISINE の GRILL COURSE を選びました。
 CUISINE(クイジーン)は特定の地域や文化の料理を意味しますので、近江郷土料理とでもいいましょうか、とにかくこだわっているようです。
 
 先ずは赤のグラスワインで乾杯、

APPETIZER(右写真左上)は寒ブリのカルパッチョと冬野菜のサラダ。

FISH は甘鯛と冬野菜のポトフ仕立て、200℃以上で使えるカルタファタで包んであった。

GRILL は黒毛和牛ひれ肉のグリル、

DESSERTはホワイトチョコレートのガトー、HAPPY Anniversary はホテルが気を利かせてくれました。

 食後、温泉浴場でゆっくりと疲れを癒しました。お湯は赤茶色で、ホテルのすぐそばで湧き出た美崎温泉(低張性弱アルカリ性温泉)のものとか、一般的には温泉をもっと大きく宣伝するのに、、、、温泉があったとは知りませんでした。

一夜明けて

 朝食は例によってビュッフェスタイルです。朝7時の開店時刻に行きましたが、すでに20人近くの東洋系外国語を話す人たちが並んでいました。
 幸い、多少狭いながらも、琵琶湖に面した席に案内され、いざスタート!!

 写真は2人分です、これでも随分自制したつもりですが、、、、 でも料理はどれも素晴らしくおいしいものばかりでした、お昼は抜きかな??

 朝食後、室内温水プールに出かけましたが、25mあるこれも立派なもので、水もきれいに管理されていました。

 チェックアウト間近に出発しました、次の目的地は近江八幡市にある八幡山城跡で、昨日来たさざ波街道を約20分、16kmほど戻ったところにあります。

 八幡山城跡のふもとには日牟禮八幡宮があります。古くから近江商人の信仰を集めており、近江八幡市の市名の由来となりました。

 神社内には菅原道真の天神様も祭られ、また下写真の右側に屋根が見えている、立派な能舞台もありました。

 八幡山城
へはロープウエイで登ります。









 振り返ると、琵琶湖と近江八幡の町が一望です。同乗した小学生たちと写真をパシャリ、、、、








 八幡山城
西の丸址から琵琶湖を遠望したパノラマ写真です、遠い山並み中央で高く尖って見えているのが比叡山です。

この八幡山城は豊臣秀次が築城したとされています。
 秀次は秀吉の姉の子で甥にあたりますが、子に恵まれない秀吉が後に養子としました。
 信長の死後、秀吉が台頭していく中で功績のあった秀次がこの地を得、八幡山城を築城したのですが、その際、住民や建物を含め多くを安土から移し、街を繁栄させたことも知られています。
 しかしながら秀次事件で秀次が世を去ってのち、築城してわずか10年後八幡山城は廃城となってしまいました。
 今では残された石垣からも木々が生え、、、、兵どもが夢の跡。














 険しい城跡を上り下りしたせいかおなかが空いてきましたので、昼食場所を探しながら、近江八幡の町を散歩してみることにしました。
 上左写真は、八幡堀で、琵琶湖とつながったこの水運で商業都市として発展し近江商人を生み出したのです。
 上右写真は、近江八幡社入口の大鳥居越しに「白雲館」を観たものです。白雲館は、明治10年近江商人たちが子女の教育のため資金を出し合って設立した八幡東学校が前身です。

 町並みは
国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されているだけあって、落ち着いた佇まいです。

 遠く左側に白い四角の「メンターム」と書いた看板がありますがここに近江兄弟社があるようです。「メンターム」は現在の近江兄弟社の商品名で、我々世代になじみの「メンソレータム」は、1974年に倒産する以前の近江兄弟社が米・メンソレータム社から輸入またはライセンス製造していたものです。(今はロート製薬)

 右にそれぞれのシンボルマークを挙げましたが、左が「リトルナース」、右が「メンターム・キッド」というらしいです。

 しばらく歩いて、家人が素晴らしい店を見つけました。八幡堀近くの郷土料理屋「喜兵衛」と言う店です。

 この店は江戸・享保年間から270年続いて、両替商、肥料商などを営んできた家を平成6年に
郷土料理屋へ改装したとのこと。 
 写真右下は店内にあった古き時代の絵です。

 店内は昔ながらの和室にイスとテーブルが置いてあり、楽に食事ができるようになっていました。見上げると、年を経ていい味が出た見事な欄間があり、見とれてしまいました。

 また、ここの郷土料理は、板前さんではなくて、ご近所のおばさんたちが集まって作っているとか、、、、

 私たちは、喜兵衛膳と別皿として「鯉の煮つけ」をオーダーしました。

 右写真の左にあるのが、別皿の「鯉の煮つけ」です。お腹が卵でいっぱいに詰まった、見るからに大きな鯉を輪切りにしたものを甘辛く煮た、かつての懐かしい料理です。

 メニューによれば、本膳の中には「黒和牛の冷しゃぶ・赤こんにゃく・丁字麩・琵琶湖の小魚(三種)・丁稚羊かん・その他」があり、おいしく、楽しくいただきました。

 また庭も素晴らしく、非日常の時間を十分に楽しむことができました。






 期待していた桜の花には出会えませんでしたが、幸い天候に恵まれ琵琶湖を背景に、時間を忘れ「豊臣兄弟」の時代を思い返しながら、観・聞き・味わうことのできた楽しい小旅行でした。
 健康に留意してまた新しい旅にチャレンジしたいと思います。