2013年11月25日月曜日

カンボジアへお寺見物 (その1 ホーチミン)

 ことし年央にマチュピチュに出かけて、遺跡に馴染んだわけではないのですが、アンコール遺跡群の見物に出かけることにしました。ついでと言っては何ですが、ベトナムの各地もツアーの予定に入っているので、それも楽しみです。

 左図に今回の日程を示します。
 セントレアからベトナム航空でホーチミン(かつてのサイゴン)に飛び、ついでダナンで2泊し周辺観光をします。
 つぎにカンボジアのシェムリアップ(アンコール遺跡群の所在地)で2泊、そしてベトナムのハノイに移動し、ハノイ・ハロン湾上1泊ずつする9日間の旅です。
(最後の1泊はハノイ発24時15分の機上泊です)

 今回のツアーはベトナムとカンボジアがひとつになっていること、連泊が多く到着・出発にゆとりがあること(ほとんどが6時前にホテルに着き、朝は8時から9時の出発が多い)から選択しました。もうひとつ、ホテルはすべて五つ星というのもありました。

 最近できたという、セントレアからホーチミンへの直行便の利用です。

 朝の10:30に出発して、所要時間約5時間で、時差が2時間の現地時間14:00に到着予定です。

 左写真は空港にいた、新規開発機・ボーイング787シリーズの部品をアメリカの組立工場に輸送するために、中古の747-400を改造した大型特殊貨物機747-400LCF型で愛称は「ドリームリフター」(Dreamlifters)といい、世界で4機しかありませんマニアがあちこちから飛来スケジュールを調べて撮影に訪れています。ということは、ラッキー!!!


 定刻に出発してから、何事もなく無事ホーチミンに定時到着です。

 このハノイと並ぶベトナムの700万都市は「サイゴン」という呼び名がなぜか馴染みます。右写真はサイゴン川を横切って、これからタンソンニヤット空港に着陸するところです。



 左写真は空港で見かけたアオザイを着て颯爽と歩く女性です。
 アオザイはベトナム語で「長上着」を意味し、日常着青色、未婚女性用白、既婚女性それぞれ着用する習慣がありましたが、現在は色とりどりだそうです。このピンク色はおそらくベトナム航空のCA用制服でしょう。(最新は赤)

 到着が少し遅れた送迎バスに乗って、いよいよ市内観光に出発です。

 走り出して真っ先に驚かされたのが道を行くバイクの数です。ベトナムでは移動の足としてバイクがもてはやされており、二人に一人が所有しているとのこと、、、、そして道路はバイクが最優先で人や車は遠慮しながら動いています。
 バイクはホンダが最もポピュラーかつ高級品で、ここではバイクのことを「ホンダ」と呼び、スズキのホンダという言い方が一般的だとか、、、、一方車ではトヨタが圧倒的でした。



左写真は統一会堂です。
 1975年のベトナム戦争終結時に、北ベトナム軍の戦車が当時は大統領府であったこの建物のフェンスを破り突入し、南ベトナムの首都サイゴンが陥落したのです。


 その当時のソ連製戦車が敷地内展示されているのが見られました。(右写真)

 左は高級ホテル街のドンコイ通りから西を見た写真です。

 右下写真はドンコイ通りの歩道です。そろそろ暗くなりかけていますが、大勢の観光客が行き来しています。

 その中の一軒、「MissBee」という店に案内されてしばしお買い物タイムです。



 左写真のように細長い5階建てのビル?の1・2階が店舗になっていました。

 商品の多くは色とりどりの布や糸を使った手作り雑貨です。こちらでは機械加工品よりも手作りのほうが安価だったりして、、、、

 店内は右写真のような雰囲気です。商品を選び、そして値段交渉です。金額もさることながら、同じ金額でもうひとつサービス、、、、というのが主流のようです。(ただし5個以上)


 そろそろ暗くなりかけて、サイゴン川のクルーズ・ディナーです・幸い雨も風もそれほどひどくはありません。波止場から乗船です。(左写真)揺れるかな?

 船内のレストランはほど良い広さでした。右写真のように民族音楽や、舞踊を披露してくれました。


 食事の折、早速注文した地ビールのサイゴン・スペシャルです。
 こちらのビールは少しアルコール分が少ない(4~5%)ですがすっきりしておいしいです。







 右写真は船上からサイゴン中心のホテル街を見たものですが、右側に聳え立つのはビテクスコ・フィナンシャルタワーで、高さ262メートル、地上68階建てです
 その49階に位置するスカイデッキからはホーチミンを一望できるそうですが、もともとそのスカイデッキはヘリポートとして設計されたのですが、ヘリコプターが無いので、レストランになってしまった、、、、とはガイドさん。
 左写真は今夜宿泊するホテルのアプローチにある飾り物です。



 一夜明けてサイゴン市街見物に出発です。右写真は信号待ちのバイク群です。市内の信号には信号が変わるまでの時間(秒)が大きく表示され、それがカウントダウンしていき赤が青に変わるので、これはまさにバイクレースのスタートです。左側の歩道をもたくさんのバイクが機をうかがって占拠しています。

 左写真は道端に座って前方を見つめるおばあさんです。
 気分を出してモノクロにしてみました。

 右写真は市内でよく見かける風景です。色とりどりのものがごっちゃに売られており、露天での飲食も盛んです。そして道路には水が流れて、、、、




 下の写真はサイゴン大教会です。


 今日は土曜日なので?教会の周りには幾組もの婚礼衣装姿のカップルをみかけました。幸せそうな顔をした花嫁さんです。

 こちらの男性が花嫁を迎えることがいかに大変なことかを独身(29歳)の現地ガイドさんが切々と説明してくれました、、、、


 左写真は教会内部です。










 次に中央郵便局に移動しました。
 赤の地に黄色の星がひとつあるカンボジアの国旗が鮮やかなこの建物は1891年に当時のフランス領インドシナの郵便・電信施設として建築されたそうです

 またこの建物はパリのオルセー美術館をモデルにしたと言われており、鉄骨設計は、あのエッフェル塔のギュスターヴ・エッフェルが手がけたとか、、、、

 左写真はその内部で、奥に掲げられているのは、ホーチミンさんの写真です。

 このようにここホーチミンはフランス統治時代の文化がのこっており、それがこの町の魅力であり、サイゴンという名が懐かしく感ぜられる所以でしょうか。


 このあと昼食後国内便でダナンに移動するために飛行場に向かいました。
 飛行場にはいろいろなものが売られていましたが、右写真の値札を見てびっくり!!なんと八百六十万ベトナム・ドンとあります。日本円にして41,000円、でも高い?

 一路ダナンへ、、、、

2013年11月4日月曜日

9R-59のレストア


 9R-59というのは今から約50年前の昭和36年(1961)にトリオ(株)から発売された、アマチュア無線家向けのいわゆる通信型受信機です。(左写真)
 また、トリオは現在のKENWOODそしてかつての春日無線です。

 過日ブログで「DRAKE SSR-1 受信機のリペアを取り上げましたが、そのときにさらに15年も前の本機が7・8年前に入手してあったのを思い出し、手を入れておこうと思い立ったのです。

 今回リペア(修理)ではなくレストアを称したのは一度完全に分解し、パーツなども交換して再度組み立ててみようと思ったからです。

 上側と、下側のケースカバーをはずすと右写真のような部品配置が見られます。上がシャシー上面、下がシャシー下面です。

 本機は入手したときに、電源平滑部のコンデンサを新規なものに交換してありました。写真に見えるブロックコンデンサは見栄え上の観点から、撤去せずに結線だけはずして残してあります。 そしてAMバンドでの受信は確認してありました。

 またレストアには、CQ出版社からの本(左写真)が参考になりました。
 この本は9R-59の開発者である高田継続さんが著者であり、出版と同時に購入しておいたものです。

 さらにBAMAより右写真のLafayette he30 communications receiver  operating manualをダウンロードして利用しました。このマニュアルには単一調整などの調整手順や、作動状態での各真空管のピン電圧などが記載されており大変重宝しました。Lafayette he30とは9R-59の対米輸出名で、米国では「トリオ」がすでに登録されており使用不可能だったのです。

 このモデルは完成品と自分で組み立てるキットの2種類が販売されましたが、手元にあるものは配線の半田付けの技量から見てキットだと推察されます。
 左写真に見られるように、抵抗は懐かしいL型が使われています。抵抗やコンデンサは基本的にはすべて交換したいのですが、緑色のセラミックコンデンサは高耐圧のものが入手困難なため容量値とリークをチェックして再利用しました。

 右写真は、バラバラに解体した部品のすべてです。

 レストアはこれらの部品のひとつひとつを清掃・チェックしながら再組み立てをしていくわけです。

 当然のことながら、部品には経年変化がありますので、交換のできるものは良いのですが、今では入手困難なものはそのまま組み付けることになります。

 その代表的なものは、左写真の四角なアルミケースに入ったIFT(中間周波トランス)です。この古典的なLC同調器はもちろん生産されていませんし、選択性の優れた高性能なものは貴重です。次のモデルの9R-59Dでは初期のメカニカルフィルタに設計が変わっています。

 右写真のバリコン(バリアブルコンデンサ)も同様です。これはスプレッドバリコンと一体になっており、このようなものはもう入手できないでしょう。しかしながら、シャシー上に裸で設置されていたためにホコリをかぶり、電極面は酸化が進んでいるのでQはかなり低下しているかもしれません。

 そして左写真はこの受信機の心臓部、コイルパックです。
 これも博物館モノですが、丁寧に清掃してみましたが、切り替えスイッチの接点が酸化して接触不良を起こしていました。

 というわけで、コイルパックも分解して接点の清掃です。(右写真)
 水色で囲った中に中子の摺動子を示しておきましたがグリースの固化もあり、かなり汚れています。

 左写真のキャラメルのようなものはパッティングコンデンサとしてのマイカコンデンサです。
 これも結構経年変化があるものですが、容量チェックの結果表示値とほとんど同じなので、いずれ交換、、、、を条件に再度のご奉公を、、、、

 右写真はいまでは極めて珍しいCカーブの10kΩボリューム(可変抵抗器)です。これは中間周波部のゲイン調整に使いますが、電流を流して使うため、短時間でガリオーム!!!になります。
原機ではSWなしが使用されていますが、ジャンクボックスをひっくり返したら、中古品ですが、2個もでてきました!!!もちろんガリなしで、、、、

 SW部分は最高感度設定時にボリュームをショートさせるのに使います。

 早速配線の開始です。 例によって、ヒータ配線からはじめます。左写真は、電源部・低周波増幅部が終わったところです。そして、完成です。(右写真)

 ついでながら、真空管のソケットを、高周波増幅、周波数変換、オシレータの3本については新品のステアタイト製に交換しておきました。

 試運転中の様子を少し暗くして撮影しました。真空管の灯(ヒータ)が橙色に見えています。(上写真)

 幸いにして本機のパネルスケールは脱落もなく(文字やスケールが消え落ちているものも多い)懐かしいパイロットランプのフィラメントの色もあわせ、当時の雰囲気を思い出させます。

 性能的にはスペックをほぼ再現したと思いますが、さすがにHiバンド(10.5~30.0MHz)は苦しく、極端に感度不足になりました。

 受信機としての性能は現代のものには及ぶべくもありませんが、電子工学の進化途中の部品のいくつかを使用した歴史的な?存在を、往時をしのび海外放送でもききながら楽しみたいと思っています。

2013年10月23日水曜日

この秋二度のお勤め(金木犀)

 この秋二度のお勤め、といっても人のことではありません。
 狭い我が家の庭ですが、なぜかキンモクセイが2本あります。樹齢はもうかれこれ40年はあると思いますが、その間、毎年秋になるとあのふくよかな香りを楽しませてくれています。
 もう一ヶ月近く前になるでしょうか、夕刻外出先から帰ったときに真っ先に秋の訪れを知らせてくれました。そしてアスファルトの道を黄色く彩って一週間弱で花は終わった、、、、はずですが10月もほぼ終わりの今になって再度開花が始まったのです。それも2本とも、、、、

 いろいろ調べてみましたが、キンモクセイの二度咲きはそれほど珍しくは無く、過去にもいろいろあったようです。さすがに今年の気候はずいぶんとイレギュラーで私たちもずいぶん疲れましたが、彼らとて同様であったもののようです。
 


 ことのついでにもう少し調べてみました。
 キンモクセイ(金木犀)はモクセイ科モクセイ属の常小高木で、モクセイ(ギンモクセイ)の変種だそうで、もともとは中国南部原産で、日本には江戸時代に渡来したそうです
 樹皮の様子がサイ(犀)の皮膚に似ており金色の花を咲かせるので「金木犀(キンモクセイ)」の名前があります。中国では丹桂、金桂、桂花と呼ばれます花言葉は「謙遜真実変わらぬ魅力」とか、、、、

 秋に小さオレンジ色の花を無数に咲かせます(右写真)。キンモクセイは雌雄異株でが、なぜか日本には雄株しか入っていないので結実しないそうです

 日本で庭木としてこれほどポピュラーな木は無いといっていいのですが、雌株が無いというのも何かおかしな、、、、
 そういえば櫻のソメイヨシノも結実しないのですが日本中にあります。人為的な力はかなりのものだと感心しました。


 庭をふと見渡すともう秋が来ています。左上の写真は、友人からいただいたオキナワノアサガオ(沖縄野朝顔)です。なぜか暑い夏にはほとんど咲かなかったのですがこのところ数多く開花しています。

 右写真はブルーセイジで、もうそろそろおしまいでしょうか、、、、

 マユミもかわいい小さな赤い実をつけ、紅葉も始まっていますが、この夏の暑さに耐えかねて一時は枯死するのでは、、、、と心配しました。

 我が家のウェルカムフラワーとなっているセンニチコウです。(右写真)
 少し涼しくなってきたら俄然元気になってきました、赤色が美しいです。

 左写真はホトトギスです。涼しくなってきたせいかずいぶん色が赤く見えます。でも、鳴いて血を吐く、、、、といいますから、、、、



 見上げるとキーウイが文字どうり鈴なりです。ことしもまた数え切れないほどたくさんの実をつけてくれました。




 10月になってから30度を超える日が何回かあったり、台風もまだ二つも上陸を覗っています。

 でもサザンカも順次開花してきました。季節は確実に進んでいるのです。


 秋の花もいろいろありますが、このシュウメイギクも中国から渡来したもので、キクではなくアネモネの仲間だそうですが。でもこの風情は好きです。

 植物にとって、花や実をつけることは大変なことだと察せられますが、今秋二度のお勤めをしてくれたキンモクセイに感謝です。

2013年10月13日日曜日

矢並湿原(ラムサール条約湿地)散策

 たまたまテレビニュースで豊田市にある矢並湿原(ラムサール条約湿地)が公開(5日間のみ)されているのを知り、急ぎ家人と出かけてきました。
 当日はまだ少し暑さは残るものの、空は高くきれいな秋空でした。場所は東海環状自動車道の鞍ヶ池PAスマートICで降りたところにある「鞍ヶ池公園」からのシャトルバスで、ものの5分のところです。(駐車場が無いとのことで、、、、)

 公開時間が午前10時からとなっていましたが、休日のこととて混雑を見越し、シャトルバス乗り場へ9時10分ごろ到着しましたが、それでも乗り場での順番はほぼ20番くらいでした。
 40分近くの時間待ちを覚悟したのですが、なんと小型バスの乗車定員に達した段階で速やかに発車です。この臨機応変の処置にはみな感激でした、、、、

 ラムサール条約と条約湿地について環境省のホームページで調べてみました。
 1971年にイランのラムサールで開催された「湿地及び水鳥の保全のための国際会議」において「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」が採択され、この条約は開催地にちなみ、一般に「ラムサール条約」と呼ばれているとのこと、、、、発効1975年

 そして本来は水鳥の保護から始まっているようですが、最近はさらに絶滅が危惧される生物の保護にまで解釈が広がってきているようです。
 この「矢並湿原」は他の「上高湿地」「恩真寺湿地」とあわせて、「東海丘陵湧水湿地群」として平成24年、国際的に重要な湿地として「ラムサール条約」に登録されました。右は現地にあった登録証のコピーです。

 矢並湿地は左図に示すようにそれほど広くは無く、右上の入り口から時計回りに観察しても15分もあれば事足ります。中へは当然のことながら立ち入ることは出来ませんが、湿地中央には物見台があり、間近に植物などを観察することが出来ます。

 入り口近くには右写真のような横断幕が張られていました。その前、手前に広がっているのが下段側の湿地で、季節の終わった「サワヒヨドリ」でほとんど満たされていました。

 左写真のように、希望者が、ほぼ10人ずつ一団となって、ガイドさんの詳しい説明つきで案内をしていただきました。さいわい時間が早かったおかげで、ようやく谷あいに朝日がさしはじめる様子とともに楽しむことができました。、

 右写真は案内図の左端(上段側の湿地)から入り口方向を見たものです。湿地の左半分に朝日が当たっており手前側はまだ日陰です。この写真では良く見えませんが、湿地の中は「シラタマホシクサ」で覆いつくされており、また赤く見えているのはここでしか見られないという「ミカワシオガマ」です。右上に見える人たちは私たちの先行組で、湿地中央の物見台から花々を観察しています。

 そしてさらに右上に見えているのは、東海環状自動車道の橋脚で、建設の際にはこの湿地を回避したそうです。

 私たちも湿地中央の物見台にやってきました。朝日にうかびあがったお目当ての「シラタマホシクサ」「ミカワシオガマ」がきれいです。(左写真)

 「ミカワシオガマ」は 愛知県東部の湿地と中国山地の1のみ生育する、ゴマノハグサ科に属する多年草シオガマギクの変種。環境省レッドリスト絶滅危惧IB類(EN)に指定されているとか、、、、


 




 「シラタマホシクサ」は鉄分の多い酸性土壌の湿地に生える東海丘陵要素植物の一種、湿地が乾燥地に遷移する環境の変化によっても消滅すると考えられています。そして現在、環境省のレッドリストの絶滅危惧II類(VU)に指定されています「シラタマホシクサ」はかつていたるところで見られたのですが、、、、



そうこうするうちに後続のグループがやってきました。ガイドさんたちはずいぶん詳しく、この湿地周辺の植物についても丁寧に説明していただき、時間の経つのをを忘れました。

 「シラタマホシクサ」の白と、この季節、花の色に乏しい中で、「ミカワシオガマ」の赤色との組み合わせは絶妙で、秋とは思えないほどの新鮮な気持ちを私たちに与えてくれました。

 この湿地には、薊も二種類あって目を楽しませてくれました。
ひとつは左写真の「スズカアザミ」、もうひとつは右写真の「キセルアザミ」です。

 「スズカアザミ」は葉が比較的多く、花も均等に程よく分散して咲いています。「キセルアザミ」はすらりと背が高く、うつむいた蕾が開花するにつれて首を持ち上げ、煙管に似ているところからこの名前がついたとか、、、、

 木陰には「シラヤマギク」が楚々と咲いていました。(左写真)


 下段の湿原には少し小型の「コガマ」?が生えています。(右写真)
 後ろには、もう枯れかけている「サワヒヨドリ」が湿原を覆いつくしています。(左下写真)


 それでもよく探してみたら、時期が遅く、枯れる寸前の「サワギキョウ」もありました。(右下写真)



 
 湿原をあっという間に一周してしまいましたが、今度はガイドさんなしでもう一周しました。







 ひさしぶりに気持ちのいい秋空のもと、帰路はシャトルバスをやめてハイキングとしゃれてみました。

 今となっては懐かしい「シラタマホシクサ」を堪能した一日でした。