2015年11月13日金曜日

秋の甲信1泊小旅行(第2日 Ω ra Art Museum)

 昨夜はホテル露天風呂で雨に打たれながらの風流な湯浴みを楽しみ、夕食はお定まりのビュッフェ・スタイルとて、またまた胃の腑のストレッチにチャレンジです。

 翌朝になっても蓼科山にはお目にかかれませんでしたが、雲は徐々に上がっていき何とか降られずにすみそうです。

 山の上に行くことはあきらめましたが、せめてものということでホテルの周りを散策することにしました。
 この散策路はお気に入りで、約1km弱あります。
 早々に私どもの行く手を何か小動物が駆け抜けました、よくみるとリスです、この時期来るべき冬の準備に大童なのでしょう。






 このあたりの標高は約1000mあり、白樺の幹がきれいです。
 反面、昨日堪能したような赤い色は皆無でカラマツやコナラなどの黄色一色です。


 地面はすっかりそれらの落ち葉に覆いつくされており、まるで絨毯の上を歩くようにふわふわと心地よい感触でした。


 周りは見上げるような大きな木ばかりですが、ときおりきれいな黄色い葉をつけた潅木がアクセントとなってくれました。


 かつて農業試験関連の設備があったという苔むした遺構のなかに白い小さな花が咲いていました。


 赤い小さな実に雨上がりの水滴がいくつもきらきらと輝いていました。約30分ほどだったでしょうか、高原の秋を十分に楽しむことが出来ました。

 前述したように、山は諦めるとして、、、、今日は何処に立ち寄ろうかといろいろ思案の結果、今年ノーベル賞を受賞された大村智先生がつくられたという「韮崎大村美術館」に行くこととなりました。



 「韮崎大村美術館( Ω ra Art Museum )」は大村博士が私財で創設し、韮崎市に寄贈されたものだそうで、その時期がこのノーベル賞で沸いた8年も前の2007年というのも25億の巨費とあいまって大変な驚きです。

開館当時の広報資料から











 この美術館のロゴの中に使われている見慣れない文字はギリシャ文字で電気抵抗でおなじみの Ω(おーむ)ですから後に続くraとあわせて、「おーむら」と読むのはわかりますが、 Ω のなかに小さく見える、博士の名前の智のまではわからないでしょう。でも Ω の組み合わせが大村先生の大好きな温泉に見えたのは私だけでしょうか?

 美術館の傍らには博士が自費で掘削・建設した日帰り温泉施設「白山温泉」や蕎麦処「上小路」があります。温泉は空いていましたが、蓼科で何度も浸かってきましたのでパス、蕎麦屋ではこれも昨日おいしい蕎麦を食べましたので、「ほうとう」風の饂飩を昼食に食しましたが、小一時間待ちでした。

 右写真は「白山温泉」とその前にあった願掛け地蔵です。ノーベル賞受賞が決まったとき、この地蔵さんを洗っておられた博士がTVに登場しました。

 美術館は約1800点に及ぶ多くのの絵画や陶磁器を所有していますが、分野は大きく分けて1つは上村松園、秋野不矩、片岡球子など日本の女流画家の作品が多くあること、これは博士が女子美術大学の名誉理事長であることにもよります。ついで鈴木信太郎のコレクション、そして陶磁器の分野、、、、と博士の見識と趣味の広さが垣間見えるようです。

 上の写真は四季桜でしょうか、エントランスなどお祝いのコチョウランが所狭しと並べてありましたが、美術館敷地の片隅からつつましやかに受賞をお祝いしているようでした。



 右写真は「韮崎大村美術館( Ω ra Art Museum )」で購入した鈴木信太郎の絵葉書です。



 今回の甲信1泊旅行は雨に祟られたおかげ?で「野村陽子植物細密画館」と「韮崎大村美術館( Ω ra Art Museum )」を訪れることが出来ました。すばらしい秋の景色、美術そしておいしい食事、、、、と本当に楽しい一泊旅行でした。

2015年11月10日火曜日

秋の甲信1泊小旅行 (第1日 野村陽子植物細密画館)

 かねて中学時代の友人との甲信1泊小旅行の約束が、都合で延び延びとなっていたものがようやくにして実現しました。
 
 これまで長い間晴天続きであった天候がなぜか予定日の2日間とも雨、、、、ということで高原のハイキングもならず、急遽伊那市にある「野村陽子植物細密画館(かんてんパパミュージアム)」に立ち寄ることとなりました。

 冒頭の写真はそこで求めた絵葉書、ミュージアムのパンフレットそして拾った紅葉です。



 野村陽子さんは長野県上伊那郡の生まれで、大学やテキスタイル専門学校で学んだ後、独学で植物細密画(ボタニカルアート)を始め、現在では標高千メートルの清里高原に住み四季折々に咲く野の花を中心に制作中とのことです。

 かつてまだ写真のない時代薬草を見分けるために図譜が作られましたそれが植物細密画の始まりで、なかには芸術品の域にまで達した素晴らしいものもあります。今日でもルドゥーテの描いたバラの絵は特に有名です。(右写真)

 野村陽子植物細密画館は長野県伊那市のかんてんメーカの工場敷地をベースにした「かんてんパパガーデン」内にあります。

 お昼近く幸い雨は小雨になっており、ガーデン内を散策することができました。
 上はガーデン内のショップ&レストランです。

 後で聞いたところこのガーデンは紅葉もすばらしいということで、幸いにも花なら満開といったタイミングで私たちは訪れたようです。




 予想だにしていなかったすばらしい紅葉の空間に飛び込んでしまい、ただその美しさに呆然としてしまいました。陽こそ射してはいませんでしたがその赤や黄色の華やかさは私たちの気持ちを一気に高揚させてくれたのです。

 とはいうもののそろそろお昼を、、、、ということになって蕎麦屋さんを目指しました。
 栃の木というこのお店はなんでもリニューアルしてまだ間が無いとのことで気持ちよく昼食をとることができました。





 



 メニューは「季節限定 山菜きのこ とうじ蕎麦」としました。あらかじめ火を通してある山菜や きのこ のなべの中に小分けしてある蕎麦の玉をちいさな笊にいれたものをサッとなべで暖めて食べるのです。 最後はオプションのご飯と卵で雑炊にしてすべて完食、、、、これがなかなかおいしかった。
 ちなみにとうじ蕎麦のとうじは、なべの中に投ずる、からきているとか。



 一杯になったお腹のためにしばらく野村陽子植物細密画館を探しながら散策です。

 この「かんてんぱぱガーデン」はもともと工場敷地であったものを憩いの場にしたとのことで、開発に当たっては元来あった木々をできるだけ生かすように配慮されているとかで、あちこちに大きな木々が茂り、豊かな気持ちにしてくれます。

 紅葉について調べてみたら面白い記述に出会いました。
 多くの紅葉植物とそれに寄生すアブラムシ類との関係が調べられ、紅葉色が鮮やかであるほアブラムシ寄生が少ないことが発見されたというのです。
 紅葉の原因となるアントシアニンやカロテノイドは直接害虫への耐性を高めるわけではないけれども、「十分なアントシアニンやカロテノイドを合成できる自分は耐性が強くて健康なのだから寄生しても成功できないぞ」と呼びかけているとみなせるという説です。

 上写真はおそらくコシアブラでしょうか、葉は白く紅葉?していますが、アントシアンやカロテノイドはないのでしょうか?

 右写真はドウダンツツジ(灯台躑躅、満天星)です。
 これほどまでに美しく紅葉したドウダンツツジを観るのは初めてですが、何か花のような黄色いものが葉の間に見えました。

 帰宅して調べてみたところこれはドウダンツツジの実のようです。
 花は白く、垂れ下がって咲くのですが実は上を向いています。この後さらに時が過ぎるとこの黄色い実は茶色になって五弁にはじけて種子を飛ばすのです、上を向くことで少しでも遠くへ飛ばそうというのでしょうか、、、、


 野村陽子植物細密画館がみえてきました。
 少し高いところにあります、息を弾ませながら登っていきました。
 
 ここは入館料は無料です。入口の傘も紅葉しているような、、、、(下)


 彼女は原画を売らないそうで、こちらの部屋にはプリント・コピーしたものが飾ってありました。


 もうひとつの部屋はすべて原画が展示してありました。
 係りの人にことわったら部屋の外から、人物と一緒ならいいですとのことで、パチリ!

 植物細密画(ボタニカルアート)のお約束としては
1 実物大に描く
2 背景を描かない
3 人工物(植木鉢、花瓶等)を描かない
4 植物の持つ特性を変えない
ということですが、これらの作品はもちろんこれに則っており、精緻さを伴った実物大の植物画は意外と大きくかつ迫力があり圧倒されました。


 冒頭写真のはがきを何点かとボタニカルアート・レッスン書なるものを求めたのちミュージアムを後にしました。

 幸い雨は傘が必要ないまでになっていました。
 一本の木でこのように多様な世界がかもし出されるとは今まで知りません、時を忘れて見とれていました。

 ヒメリンゴとガマズミの実です、どちらも雨にぬれて赤く光っていました。










 ということで、おいしい昼食、すばらしいボタニカルアートそして思いがけなかった紅葉のガーデンを後にしてホテルに向かいました。
                      この続きはまた明日、、、、

2015年10月23日金曜日

パソコン連動コンセントの製作

 過日数年以上使っていたIIYAMAのディスプレイが壊れたので新しく買い直しました。
 今回も同じくIIYAMAでしたが、先回の19インチに対して23インチワイドとかなり大きくなって見やすくなりましたが、価格はむしろ安いくらいでこの世界も確実に進歩しているようです。

 かなり昔使っていたパソコンは本体をシャットダウンするとディスプレイもそれに連れて電源が切れるコンセントがパソコン本体についていましたが、最近使っているものはそれがなく、別途ディスプレイの電源を切る必要があるのです。
 
 最近のパソコンはシャットダウン操作を終えてもなにやら勝手に動いており、特にプログラムのアップデート時には完全にシャットダウンが終わるまで延々と時間がかかります。
 したがってその場を離れる場合はディスプレイの電源を切るためにまた戻って来なくてはなりません。

 ということで、前置きが長くなりましたが、ソコン連動コンセントの製作記です。

 一般的には、AC100Vコンセントとパソコンを結ぶ電源回路の中に電流検出センサを置いて、パソコンへの電流の有無でディスプレイ用コンセントの電源をオン・オフしているようです。
 電流センサを使うのは王道ですが、回路が複雑になりコストもかさむので、今回はパソコンのUSBポートに供給される5Vをセンサ代わりに使うことにしました。

 5Vの有無でディスプレイ用コンセントの電源をオン・オフするとなれば、これはもう簡単で、秋月のソリッドステート・リレー・キットを使うだけです。
  このキットは以前私のブログにアップしたいまさら初歩の電子工作 (光センサーSW)」 に述べていますが、この光センサは今日までなんの故障もなく毎日ガレージの照明を点灯・消灯しています。上にキットの部品写真と回路を上げておきました。

 構想がまとまれば部品集めですが、今回は百均部品を多用しました。
 ・左下が ダイソーのコード付きタップ
 ・中央の黒いのが USB 延長コード
 ・プラケースは4個口で百均の1個
 ・右下に小さく見えている四角いものは秋月のソリッドステート・リレー・キットを組み立てたもの
 
 回路図を示します。

 左端はUSB 延長コードから5Vを検出する部分です。コードを途中で切断し、+(赤)、-(黒)からそれぞれ取り出していますが、+、-が赤、黒だという保証はありませんので要注意で、確認を要します。

 右に完成写真を示します。
 USB 延長コードをマウスまたはキーボードとパソコン本体の間に装着し、タップにディスプレイや外付けHDDの電源コード(小電力のもの)を接続すれば当初の目的どうり、パソコン本体の電源オン・オフにタップが連動します。

 思い立って2~3時間で作り上げました、モノ作りはやはり楽しいです。

ご注意!
 今回の記事は感電、発火の危険がありますので真似をしないでください。

2015年10月20日火曜日

秋の日の熊谷守一つけち記念館

 家人がお気に入りで、以前から出かけてみたかった中津川市付知町にあった熊谷守一の美術館が、「熊谷守一つけち記念館」としてリ・ニューアルされたとの話を耳にし、さっそく親しい友人共々出かけました。

 熊谷守一は1880年(明治13年)中津川市付知町にうまれた極度の芸術家気質で「画壇の仙人」と呼ばれた日本画家です。

 70歳半ばを過ぎ、脳卒中で倒れて以降、故郷のこの地に帰って小さな家に住み、自然を愛し文化勲章や勲三等叙勲を辞退するなどまさに仙人、、、、

 一方でチェロやヴァイオリンなどを奏でる音楽愛好家で、作曲家の信時潔とは彼の子息と信時の娘が結婚するほど親しい間柄でした。


 この日はまさに雲ひとつない絶好のお出かけ日和で、我が家の天使たちに見送られて、いざ出発です。

 中津川ICからは国道257号線で木曽川を渡り、さらに256号線を下呂に向けて北上し、約45分で到着しました。

 思っていたより小さな建物でしたが、端正ですばらしい記念館でした。上写真は入口のポールです。

 そして建物正面の白壁には彼が好んでよく描いた猫がアレンジしてありました。
 さらに入場券がこの猫の絵の栞だったのは思いがけず、嬉しいハプニングでした。
 記念館内は撮影禁止でしたので、その様子をインターネットの記念館ホームページより以下に転載しました。
記念館ホームページより


記念館ホームページより

  1階の最初の部屋は熊谷守一の東京美術学校時代から年代を追ってフォービズムとなり、晩年のシンプルな抽象画風に変わっていく様子が展示されていました。


記念館ホームページより

 次の部屋は今私たちがよく目にする熊谷守一の世界が展開されます。

 熊谷様式と言われる極端なまでに単純化された形それらを囲む輪郭線、そして平面的な画面構成抽象度の高い具象画スタイルの多くの作品に圧倒されました。
記念館ホームページより


 2階には晩年(97歳没)に近い作品が多く展示してありましたが、どの作品も素晴らしい物ばかりでした。






 左の写真は2階の廊下で、壁には熊谷守一が愛した写真家、藤森武が撮影した写真がズラリと並んでいました。


 この廊下の突き当たりにある窓から外の景色を撮ったのが左写真です。
 前に見えるのが付知川で、対岸(東側)の町並み、山々がからりと晴れた秋空のもと何か心安らぐものを感じさせてくれました。

 右写真は、帰り際に気がついた記念館テラスの敷石です。

 花崗岩で敷き詰めてありますが、色の組み合わせといい形といい熊谷守一の作品イメージぴったりです。いづれ優秀なデザイナーの作なのでしょう。

 熊谷守一の作品はあまり大きなものが無いようで、このことがこの可愛らしい記念館の中身を質的にも量的にも十分に密度の高いものにしていると感じました。

 ということで充実した時間を満喫しました。

 少し早いですが、そろそろ昼食を、、、、ということで以前この地の旧友に教えられた「追分茶屋」という国道257号線沿いの饂飩屋に立ち寄りました。

 早速いつもの定番で「梅ころ冷やし饂飩」の天麩羅つきをオーダーです。ここの饂飩は目の前でご主人が打ってくれており美味しいのですが、なにせ量が多くて、、、、小盛りもあるそうです。

 イッパイになったお腹を減らすため?これまた近くの苗木城址を訪れることにしました。

 苗木城は鎌倉時代の初期に後年女城主で名高い岩村城の遠山氏が築城したもので、紆余曲折はあったものの明治になるまで城主遠山家が12代も続いたのはなかなかのものですが、禄高が全国城持ち大名中最下位の1万石ということでも知られています。

 木曽川を170mもの足下に見る自然の大岩の上に立つ天守閣(左写真)は今はなく、代わりに建っている展望台の柱組が見えています。(右下はその拡大写真で歩いている人が見えます)

 そしてその場所に立って見下ろすと、大矢倉跡の石垣があたかもマチュピチュの遺跡のように見えました。

  
 左下写真は天守の石垣上から恵那山を遠く眺めたところです。

 足元には木曽川が流れ、秋を告げる柿の実の色も澄み渡った空に映えて美しく、この場所は春には代わって右側の桜が咲き、私の好きな景色なのです。









 帰路の途中、案内板にしたがってNHKの朝ドラ「花子とアン」で仲間由紀恵が演じた「柳原白蓮」本人が昭和28年この地を来訪した時詠んだ歌の歌碑に立ち寄りました。



 写真では光の加減で露出が定まらず、もちろん実際に肉眼で見てもはっきりしませんでしたので、帰宅後調べて彼女の直筆色紙を並べておきます。

 「城あとに やかたも人も いまなくて
         かたるは何ぞ 山鳥の声」


 最後に中津川の市内に出て、お土産を求めついでに、この地出身の画伯である前田青邨の生家に立ち寄りました。

 中津川といえば栗きんとんですが、今では雨後の筍のごとく多くの店で売り出しています。このヤマツ食品でも栗きんとんは売られていますが、きんとんに絞る前の栗のペーストを売っていますので、これがお目当てだったのです。

 そしてこの店の二階が「前田青邨記念ギャラリー」である前田館になっているのです。

 ここはそれほど広くはないのですが、手紙を始めとして彼に関する多くの資料が何気なく展示してあります。 1階のお店で売り子さんに「2階を見せてもらえますか?」と声をかけると「はい、どうぞ」と照明のスイッチを入れてくれるという知る人ぞ知るという場所です。(もちろん無料)

 そうこうしているうちに帰途につく時間になってきました。

 今回は「熊谷守一つけち記念館」を訪れ、あらためて彼についてじっくりと時間をかけ、理解を深めることができましたし、昼食、苗木城址、前田館などもあわせ素晴らしい秋晴れにも恵まれ中身の濃い一日でした。

 ほんに楽しい一日だったにゃ~