2018年3月28日水曜日

櫻咲く朝の散歩道

 寒い寒いと言っているうちに今年の春は駆け足でやってきました。
 庭の花々も次々と咲き始め、サクラは例年より早く、満開の花便りも耳にします。

 努めて出かける朝の散歩も、毎回同じ時刻ながら陽は稜線の上にあり、心地よい季節になりました。

 日々の散歩コースは同じです。昨秋のブログ「早朝の紅葉散歩道」ではモミジでしたが今回はサクラを愛でながら、、、、








 上写真は櫻並木への途中にあるヤマザクラです。
 例年は通常のサクラ(ソメイヨシノ)に先駆けて春の到来を教えてくれるのですが、今年はほぼ同時の開花となってしまいました。
  でもそれはそれとしてヤマザクラは風情があり、お気に入りです。






 右上は櫻並木の端を見下ろしたものです。まだ陽が昇ったばかりで少し霞が残っていますが光のコントラストもあり美しい景色です。

 その並木の下に入るとまた違った趣があります。(左)
 足下は少し暗く、前方は明るく開け、木々の頂には陽が当たり始めました。

 下の写真は陽の当たっている側からです。満開は80%の開花を言うそうですから、まさに満開直前と言えます。
 ピンク色のシダレザクラも例年より早く咲き始めました。

 ソメイヨシノ(染井吉野)はエドヒガンとオオシマザクラの雑種が交雑してできた単一の樹を始源とするクローンであることは今では周知の事実です。


 そのため、全ての株が同じような特性を持ち、病気や環境の変化に多くの株が同じような影響を受け、同時に樹勢が衰えると考えられています。

 そんなことから一時、ソメイヨシノ60年寿命説が唱えられたこともありましたが、東京都の小石川植物園には1877年ごろに植樹された樹齢約140年の現存する最古のソメイヨシノもあるそうです。

 左写真はこの櫻並木のあちこちで見られる、悪い枝を払われ、杖を突いた老木です。なにか相憐れむものが、、、、

 




 それにひきかえ今から開しようとしている花には勢いが感じられ、元気がもらえそうな気がします。





 
 
 「しきしまのやまと心を人とはば、朝日ににほふ山ざくらばな」 は本居宣長が詠んだ歌です。

 このような矜持が弱くなったのはソメイヨシノの蔓延によるものでしょうか?でもソメイヨシノも負けてはいません。(左)



 早朝のことで、サクラの季節といえども散歩する人はまだ少ないですが、母娘連れに行き会いお互い元気に挨拶しました、気持ちのよい朝を感じる瞬間です。

 ふりかえって後姿を見送りました。(右)













 「万朶の櫻」とはいきませんが、豊かに垂れ下がったサクラの枝に朝陽が映えているのも絵になります。(左)




 櫻並木の終わりです。

 久しぶりにきれいなサクラを観る事ができました。陽もかなりあがって空も青さが増してきました。

 花はまだ白っぽいですが、これから満開にかけてピンク色が増しまた別の風情があるでしょう、また明日からの散歩が楽しみです。






 帰路にあるお屋敷から路に張り出したサクラの枝がもう散っているように見えました。
 近くでよく見ると少し違います。
 左写真下のように花ごと散っているのです、、、わかりましたスズメの仕業です。

 左写真上に犯人がいます。そして中ほどの写真はサクラの花のパラシュートをキャッチ!!!

 サクラの花には蜜を求めてメジロなどがよく来ますが、スズメは不器用で花ごと落としてしまうようです。

2018年3月13日火曜日

DENON プレーヤ DP-60M の修理

 親しくしている友人から、レコード・プレーヤの修理依頼が舞い込んできました。
 長期間しまっておいたものを動かそうとして、電源を入れても何の反応も無い言うのです。

 仔細に観察してみると、これはDENON(かつての日本電氣音響株式會社(通称「電音」)で日本のオーディの草分け)製のDP-60Mという高級プレーヤであることがわかりました。

 フォノモータにはDENON QUARTZ DIRECT DRIVE RECORD PLAYER DP-60M と記されています。

 このモデルは1980年に売り出されていますので、かれこれ35年近く経っています。

 しかしながら、これらのモデルはレコード盤を乗せる、ターンテーブルを中心軸のモーターで直接回転させるもの(ダイレクト・ドライブ)で、なおかつその回転をターンテーブルの内側に記録させた磁気データを磁気ヘッドで読み取り(右写真)、水晶発振子で得た正確な周波数を基準としてレコード再生に必要な毎分33・1/3回転(LP)と45回転(EP)を得るという優れものなので、現在でも愛好者が多いようです。

 当然のことながらDENONブランドのDP-60Mは普及モデルとは言いながら、当時8万円もしたため、私にとって(オーディオも私の趣味のひとつ)は高嶺の花、垂涎の的でありました。

 故障の状況としては
 1. 電源を入れても動かない。
 2. プッシュボタンスイッチが作動不良。
 の2点でした。


 さっそくひっくり返し(ターンテーブルをはずし、ピックアップアームを固定しておく)、底パネルをはずすと左上写真の景色が見えてきます。

 この時代のプリント基板は片面で、ディスクリート部品が使用されており、何とか情報を読み取ることができそうです。

 そこで基板をはずし、作業台の上へ、、、、(右写真)


 じっくり腰をすえて観察すると、基板上の白丸で示した場所のトランジスタの様子が変です。

 さらによく見るとトランジスタの足が腐食して、折れているではありませんか。ネットで調べてみると、この部分はDP-60などの弱点のようです。

 2SA879というのがそのトランジスタなのですが、今では入手が極めて難しく、勿論手元にもありません。

 差し替えができるトランジスタを探したところ2SA1320が該当しましたので秋葉原から取り寄せましたが、約1.5日で届きました、便利な時代になったものです。

 右上写真中、左側の小さいのが2SA1320、右側の足がボロボロになっているのが2SA879です。

 これらのトランジスタにはそこそこ高電圧がかかるので、同規格とはいいながら2SA1320は何か頼りなく感じます。

 上写真は2SA1320をECBの位置に注意して、装着したところです。

 さらにもう一箇所、同写真の奥に見られる青色の金属皮膜抵抗のハンダ付け部分が腐食していましたので整備しておきました。(右写真左)

 他の怪しげなプリント銅箔も確認してみましたが、こちらは異常なく、高周波ワニスを塗布しておきました。

 最後はプッシュボタンスイッチの作動不良修理です、さっそく分解してみました。
 左写真に示すように、赤丸の中に見られる円柱状のゴム棒が白丸のタクトスイッチを押すという仕組みですが、経年変化のためゴム棒が硬化・収縮したため、白い四角のボタンを押してもゴム棒がタクトスイッチに届いていなかったのです。




 対策としては、タクトスイッチの表面にプリント基板(1mm厚保)を丸く小さく切ったものを両面テープで貼り付けました、タッチ感もよくこれでOKです。

 その他あちこちを点検しましたが、おかしな点はありませんでしたので、通電してみることにしました。

 この一瞬が最も緊張します、、、、全神経を集中してSW-ON、異常現象はなにもおきません、、、、では、ということで
 33・1/3回転のスタートボタンを押すとターンテーブルは滑らかに回転を始め、スペックどうり1秒チョットで定速に落ち着くのが右上写真のストロボで視認できました。45回転はもう少し(2秒弱)時間がかかりますが同様に安定しています。

 ここのところ、LPレコードのブームが再来しています。
 実は私も古いプレーヤを持っているので、折を見て修理してみますか、、、、

2018年3月3日土曜日

うれしい春

 今年もうれしい春がやってきました。
 心配していた、孫の入試合格の朗報が飛び込んできたのです。

 さてこそ、、、、とばかりにお祝いのため上京しました。

 


















 合格のお祝いには、共にランチをするのがいつしか恒例のようになっており、成城学園前駅ビル(SEIJO CORTY)にある「シェ・マツオ(CHEZ MATSUO)に繰り出しました。








 右上は成城学園前駅ビル、左上写真はフレンチ・レストラン、シェ・マツオの入口、そして冒頭の写真はプレゼントされた記念写真のカバーです。

 室内は落ち着いた雰囲気が醸しだされており、静かに身内でお祝いの会を持つにふさわしい場所でした。
 幸い天候にも恵まれテラスはもう春の日差しです。














 さっそく、ワイン、カクテル、ジュースなど、それぞれのお好みで乾杯!です。

 ひさしぶりにお昼からワインをいただき、いい気分で居ましたので、料理について事細かに説明があったのですが、すべて忘却の彼方、、、、

 写真だけは撮ってありましたので掲げておきます。

 右写真、左から前菜、パン、スープです。

 前菜、スープとも表面が焼いてありました。パンは少し変わった形で、ほんの2口半くらいの大きさでしたが、あとになって丸いパンの追加がありました。

 メインディッシュは魚、肉(ポーク)写真左、鴨肉からの選択になりましたが、私は鴨肉(右)を選択しました。

 鴨肉はハンガリーからの輸入とかで、覚悟していたよりはるかに柔らかく、かつ美味でありました。勿論ポークもおいしかったようです。



 右写真はお店が用意してくれたお祝いのデザート・ディッシュです。

 やはりこういったサービスは心温まるものがあり、何よりもご本人は大喜びでした。




 そしてデザートですが、皆は津軽のリンゴ(紅玉)を使ったケーキ(左)でしたが、私だけ右側のフルーツをあしらった砂糖菓子?を選びました。

 これらはきれいにデコレーションされており、目でも十分に楽しむことができました。
 

 そして最後に飲み物で、写真はカプチーノですが、傍らにはおいしそうなクッキーが3切れ、そして花も添えてありました。
 
  次いで、いっぱいになったお腹をこなすために、合格した学校を観るべく足を伸ばしました。

 電車を乗り継ぎ、地下鉄の駅を出て、「あれが、、、、」と示された方角を見ると赤い立派な門が、、、、

 でもそれは学習院(女子高等科・女子中等科)の由緒ある門であり、平民たるわが孫の校門はその右隣りに接してささやかにありました。

 







 近く?に「花園万頭」の本店があると聞き、地下鉄の2駅間の距離をものともせず出向きました。

 かつて東京出張の折、「花園万頭」でおみやげに「ぬれ甘なつと」をよく買って帰ったものです。

 花園万頭を店頭で一休みしながら食べられるとのことで、お茶のサービスとともにおいしく頂き、うれしい春を満喫しました。

2018年2月21日水曜日

とつぜん有馬温泉をブラリ

 今月初頭の「ブラタモリ」で有馬温泉が放映されているのを観て、急に出かける気持ちになりました。
 以前から一度、、、、とは思っていたのですが機会が無く、私どもには珍しく!?、即断即決で出かけました。

 山陽新幹線の新神戸駅からは谷上、有馬口と乗り継いで行けば有馬温泉には3~40分で到着の予定です。

 おりしも昼食時なので、三宮まで足を伸ばし、右写真にある「黄老 おうろう」という店で広東中華料理を味わってきました。
 
 三宮からは2~3本おきに谷上行きが出ていましたので好都合でした。
 以前は地図で見られるように新開地から有馬温泉へ行く有馬線が使われましたが新神戸から谷上までのトンネルが完成し、ずいぶん便利になりました。全線が六甲山地を貫く7276mの北神トンネルで途中に駅はありません。

 谷上駅や有馬口駅での乗り換えもほとんど待ち時間も無くスムーズに有馬温泉に到着です。






 今ではあまり見かけなくなった温泉マークの提灯も遠慮がちにお出迎えです。(右写真の右端)

 左の地図は有馬温泉です。
 少し細かいので、クリックして拡大すると良いと思います。

 この地域は500m四方くらいで、緩やかな斜面にあり、散策するにはちょうどよい感じです。

 左上が今到着した有馬温泉駅で、ホテルまでは少し遠いですが歩くことにしました。(あとでホテル送迎バスがあると知りました。)

 有馬温泉は日本三古泉(愛媛の道後温泉、兵庫の有馬温泉、和歌山の白浜温泉)または(愛媛の道後温泉、兵庫の有馬温泉、福島のいわき湯本温泉)のひとつで、古来からある名泉です。

 またこの温泉は火山性のものではなく、活断層に沿って地下深くまである割れ目を通って噴出してくるものです。
 さらに温泉の種類も塩分と鉄分を多く含み褐色を呈する含鉄塩化物泉、ラジウムを多く含む放射能泉、炭酸を多く含む炭酸水素塩泉と多様です。

 私たちが到着したときは雪が舞っていましたが、地図上で示される「有馬川親水広場」では若い人たちが元気にはしゃいでいました。

 有馬川は下流で武庫川に注ぎますが、ここ有馬川親水広場」は写真先方の赤い橋 (寧々橋、この橋の傍らに寧々の像があります)から注ぐ六甲川とその右側から注ぐ滝川が合流して有馬川が始まる地点なのです。

 先方の六甲川に沿って上流にいくと私たちのホテルがあります。
 
 ホテルで一休みしたのち、有馬温泉では先ずは「金の湯」へ、と聞いていましたので勇みでかけました、が、、、、

 なんと、定休日だったのです。



 がっかりしているときに目にはいってきたのが炭酸饅頭のお店です。
 蒸しあがったばかりの熱々を食べたら少し落ち着き、気を取り直して、その後ホテルに帰りました。


 翌朝は気持ちよく、青空も見えていました。

 盛りたくさんの昨夕食にもかかわらず、朝食もついつい多くなってしまいましたが、無事完食です。
 何回か目の入浴を済ませたのち、有馬の町を散策すべく出発です。


 有馬川親水広場」も昨日の雪模様とはうって変わって春も間近い光に溢れていました。(右下写真)

 左写真は金の湯にある足湯です。
 金の湯とは、前述の塩分と鉄分を多く含み褐色を呈する含鉄塩化物泉で、足湯の石が鉄分で赤く染まっているのが見えます。


 先方に見えているのが昨日食べた炭酸饅頭のお店です。

 の金の湯をさらにのほうへ行くと、左写真のような楽しい看板を掲げた建物や店がいくつも見られます。






 この坂道も時代を感じさせる趣きがありなかなかです。







 有馬温泉は炭酸泉も多く噴出するので、炭酸饅頭のみならず、炭酸煎餅のお店も多く見られます。

 みるからに老舗の看板を掲げたこのお店でも職人さんが精出していました。

 焼きあがった煎餅はまわりのバリを取って形を整えますが、このバリを袋詰めにしたものが別の場所で売られているのを目にしました。

 有馬温泉には泉源(温泉が噴出する井戸)が7ヶ所あります(天神泉源、有明泉源、炭酸泉源、太閤泉(飲泉場)、極楽泉源、御所泉源、妬(うわなり)泉源)が、右写真は「妬(うわなり)泉源」です。

 このいわれは、その昔、ある人妻が夫の愛人を殺して、自分も深い温泉に身を投げましたが、その後、美しく化粧した女性が温泉の側に立つとお湯が嫉妬して噴き出すようになったので、妬湯(うわなりゆ)と名づけられたとのこと、、、、

 右写真は人妻の霊を慰めるお社、左写真は泉源です。


 また右写真はにある御所泉源で、この湯質は鉄分と塩分が含まれ、特に塩分濃度は日本一だとか、、、、

 にある温泉寺です。左写真には「黄檗宗・温泉禅寺」とあり、立派な阿弥陀様がおわしました。

 禅寺とあるからには温泉に浸かりながら座禅を組むのかな?







 この温泉寺に来るまでにもかなり石段を登りましたが、ふと横を見るとさらなる階段があります、行き先は「温泉神社」とあります。(地図の最下部)

 はるか上に鳥居が見えています。
 行こうか戻ろうか思案の結果、前進あるのみ!!!






  ようやくにして社殿のある広場に到着です。
 ここは少し日陰になっているせいか昨日の雪がまだ残っており、少しの緊張感と、神々しさをかもし出していました。



 の寧々像のある橋は寧々橋と言うそうですが、有馬温泉駅近くの太閤橋近くに秀吉像があるのを帰りがけに見つけました。

 二人の距離があまりに遠いので、写真の上ですが並べておきました。

 このあと帰路につきました。
 往路と同様に三宮まで足を伸ばして、これまた同様に昼食を摂りましたが、今度は中華ではなく洋食にしました。

 最後の写真は新幹線の車窓から観た伊吹山です。

 楽しかった今回の旅行を反映した私たちの心と同様にすっきりとさわやかな姿を見せてくれました。