2016年11月29日火曜日

晩秋の庭花たち

 今年の紅葉そろそろ終わりの季節になりました。
 我家の庭に咲く秋の花はあまり多くはありませんが、それぞれに美しく、ブログにアップしようと思い立ちました。

 左写真はこの庭に初登場の花で、家人も植えた覚えが無いのに、、、、と思案投げ首です。

 小鳥たちが運んだか、はたまた風のいたずらか我家ではよくある出来事です。いろいろ調べた結果、どうやらニンニクの花ではないか、と言うことになりました。それが本当ならずいぶん痩せた花ですがでも朝の光をあびた姿は美しいです。

 今年はバラも花数は少なかったですが、花の女王と言われるだけあって秋の寂しい庭で光り輝いています。

 秋から冬への定番と言えばシュウメイギク(秋明菊)でしょうか、昨年までは元気に処理に困るほどたくさんの花が咲き乱れていたのですが、今年は何故かほんの少し申し訳程度に咲いただけでした。


 そんななかで長年白い小さな花をたくさんつけて咲き続けているのはアリッサムです。
 本来は毎年花を咲かせる多年草なのですが、高温多湿に弱く夏に枯れてしまうことが多いので、秋にタネをまいて春に花を楽しむ「秋まき一年草」として扱うことが多いようです。花色はほかに赤、紫、ピンクなどもあります。

 ただ我家では春に咲き、夏を越して秋にも咲き、また冬を越す本来の姿を見せてくれていますが、これも家人の丹精のおかげです。


 つづいてはホトトギスです。

 左写真の不如帰の胸の模様に似ていることから同じ名前をもらいました。

 草花ではありませんが左写真はマユミ(檀弓)です。この木は強い上によくしなる為、古来より材料として知られ、名前の由来になりました。
 一昨年枯れかけて処分されるはずでしたが、庭師さんにかろうじて生きている一枝を残し再剪定してもらった結果生き残りようやく実をつけました。
 こののち葉も紅葉して、ゆく秋を彩ってくれます。
 この時期花も終わりに近づいたセージたち3点です。

 右写真はコバルト・セージで細めの枝がまっすぐに上方に向かい、花が終わったあとも枯れ残った姿がなかなかの風情を見せてくれます。 



 左はチェリー・セージです。
 赤と白のコンビ色のものもありますが我家は赤のみです。


 そして最後はメドー・セージです。

 これらのセージは多年草で毎年我家の庭を彩ってくれています。
 もともとセージは薬草なのでハーブとして用いられており、葉を指で揉むと心地よい健康的な香りがします。

 蛇足ながらセージはラテン語のサルビアから来ているそうです。

 ハーブが出たついでに肉料理に良く使われるローズマリーも挙げておきましょう。

 魔よけの意味もあるので我家ではヒイラギナンテンとともに玄関を守ってくれています。

 気をつけて見ないと見落としそうな小さなピンク色の花もかわいいです。






 庭の片隅で静かに咲いているのはニチニチソウです。
 初夏から秋にかけて花が次々と咲き代わっていくことからニチニチカ(日々花)で、これがいつの間にかニチニチソウ(日々草)と呼ばれるようになったとか、、、、

 ならば、と現れたのはセンニチコウ(千日紅)です。これは夏から秋にかけて永い間ひとつの花が咲き続けることからの由来です。

 この花の種子は小さく風で運ばれやすいように翼がついていますので、あちこちに旅をすることができます。

 そしてこちらはピンクの丸い花の登場です。調べたら、ヒメツルソバ(姫蔓蕎麦)と言うのだそうです。

 もともとはヒマラヤ原産の植物で、日本には明治時代にロックガーデン用に導入されたというだけあって丈夫でグランドカバーに用いられます。

 当初は雑草だとばかり思っていましたので、園芸店で売られているのを見たときは本当にびっくりしました。 

 (左)私はハーブは嫌いではありませんが、このバジルだけは少しだけ苦手です。
 日本では冬越しができないので、秋も更けそろそろ種子を作るために花が咲いていますが、シソの親戚だけあって形が良く似ています。

 右写真のツワブキ(石蕗)も秋の庭草の定番で、この印象的な黄色は秋の終わりを告げてくれます。

  このツワブキも通常のフキと同じように葉柄を食用にしますが特に佃煮にしたものが私は好物です。

 最後に登場した花もこの庭に初登場の花です。
 中学時代の友人にいただいたものなのですが、残念ながらこの繊細で野趣に満ちた花の名前はわかりません。

 秋の庭花たちをざっと観てきましたが、花はこれで終わったわけではなく、ビオラ、サザンカ(山茶花)、ツバキ(椿)、カンアヤメ(寒菖蒲)などとつながっていきます。今年は何故かヒマラヤユキノシタがもう元気に咲き始めました、次々に花が楽しめるのはありがたいことです、、、、家人に感謝です。

2016年11月18日金曜日

80年前の映画を観てきました

 先日古い映画を観てきました。
 1933年の公開ということですので、正確には83年前と言うことになります。

 「会議は踊る」がこの映画の題名ですが、今になるまで機会が無く、今回ようやく念願がかなったのです。

 以前このブログで紹介した(チャップリンの 「街の灯」をオーケストラ・ライブで観てきましたアメリカ映画であるチャップリンの「街の灯」は1931年でしたので、ハリウッドからの映画の波はヒトラーが台頭しつつあるドイツにも例外なくトーキー化の技術と共に押し寄せたのでしょう。

 淀川長治の世界クラシック名画100撰集に選ばれているとは言うもののあまり一般的でないのも確かですが、この映画の主題歌、「 Das gibt's nur einmal 」(日本語訳の題は「唯一度だけ」または「命かけて只一度」)はいつかどこかで耳にしたメロディとして多くの人の心の中に根付いているものと思います。

 また、宮崎駿の「風立ちぬ」の挿入歌にも使われていますが、時代背景が似ていると言うだけではなく、宮崎監督自身の心に根付いていたものが表現されたのではないかと私は思います。

 物語はナポレオンが失脚しエルバ島に流された後の戦後処理のために開かれた1814年のウィーン会議を時代背景にしています。


 この会議はオーストリア外相メッテルニヒが主宰したものですが、晩餐会・舞踏会・音楽会ばかりで一向に議事が進行しない様を風刺して同じくオーストリアのリーニュ侯爵シャルル・ジョセフが発したといわれる「会議は踊る、されど進まず」(Le congrès danse beaucoup, mais il ne marche pas.)と言う言葉が有名で、映画の題名も『会議は踊る』( Der Kongreß tanzt )です。(侯爵はフランス語、映画の題はドイツ語)

 いよいよ映画の始まり、、、、(右は映画の題字)

 この乱痴気騒ぎのウイーン会議にやってきた気まぐれ気味のロシア皇帝アレクサンダー1世とその気まぐれに本気になってしまう皮手袋店の売り子娘(リリアン)の一時の恋がテーマです。

 左は皮手袋店の店頭でのリリアン、お客はただの下士官ですが、テーブルの上の肘置きが面白く、こうして手袋のフィッティングをしたようです。

 ビアガーデンのような酒場で意気投合した皇帝とリリアンですが彼は終始一貫して彼女との距離を置いた振る舞いをしています。

 ここで酒場の歌手が歌うもうひとつの主題歌「 Das muß ein Stück vom Himmel sein 」(日本語訳の題は新しい酒の歌」または「歌あればこそ世は楽し」)はウイーン情緒あふれた宵にふさわしい名歌だと思います。

 そして翌日、彼女は皇帝差し回しの馬車で彼の別荘へ向かうわけですが、このときに歌う歌が「 Das gibt's nur einmal 」(日本語訳の題は「唯一度だけ」または「命かけて只一度」)なのです。
 長時間の移動シーンで、馬車の彼女も、周りの景色の移り変わりに伴って現れる道々の人々も皆心からこの歌を歌うのです、Das gibt's nur einmal」を

 別荘に行っても彼とは会えず、時たま登場する彼の影武者とのぎこちないやりとりのみでした。

 この影武者は自室に入ると何故かいつも嬉々として刺繍をしています、それも「ボルガの船曳歌」を歌いながら、、、、

 紆余曲折あってのち、二人は舞踏会で再会し、再度あの酒場での語らいを楽しむ、、、、間もなく、ナポレオンがエルバ島を脱出したとの知らせが入り彼は急ぎロシアへ帰ることになります。

 薄暗闇で彼女が別れの手を振っています。その白い手袋が印象的なラストシーンです。

スタッフ
 監督:エリック・シャレル
 製作:エーリヒ・ポマー
 脚本:ノルベルト・ファルク
 撮影:カール・ホフマン
                 音楽:ヴェルナー・リヒャルト・ハイマン

キャスト
 アレクサンダー一世と替玉ヴィリー・フリッチ
 手袋屋の娘クリステル  :リリアン・ハーヴェイ
 宰相メッテルニヒ    :コンラート・ファイト
 伯爵夫人        :リル・ダゴファー
 酒屋の歌手       :パウル・ヘルビガー

 この映画はまぎれもなくドイツ映画ですがそのストーリー構成はすばらしく、楽しさ・もの悲しさはまさにミュージカル映画そのものです。

 終わって気づいたのですが、この映画のテイストが「マイフェア・レィデイ」と同じだったのです。「会議は踊る」の監督エリック・シャレルも「マイ・フェア・レディ」の監督ジョージ・キューカーも共に舞台での監督を経験しているからなのでしょうか。

 大銀幕と大音響で80年前の音と映像を堪能しました。

2016年11月8日火曜日

昼行灯の改良 (OLEBY センサー付きワードローブ照明を夜間専用にする)

 過日「人感センサーライトの製作」と言う題名でこのブログにアップしたものの続きです。

 その内容は家具で有名なIKEAで売られている「 OLEBY センサー付きワードローブ照明」に触発されて人感センサーを使い左写真のような照明器具を自作した記事です。

 私が製作した人感センサーライトのすぐれたところは昼間は勿論のこと夜でも電灯がついていれば直前で人が動いてもそ知らぬ顔ですが、ひとたび暗闇になればわずかな動きも見逃さず点灯してくれますので電池も長持ちし、半年後の今まで毎日元気に仕事を続けてくれており、家人からも信頼されています。

 一方ご本家の「 OLEBY センサー付きワードローブ照明」のほうは昼夜関係なく人が前を通るたびに気前よくあいさつし、頻繁に点灯してくれますので、電池の消耗が単4を使っていることも手伝ってきわめて早く、その後使われない状態で放って置かれていましたが、ある日気がついてチェックをすると電池が液漏れ寸前で危ういところでした。

 というわけで前置きが長くなりましたが、この「昼行灯」君を夜間専用に改造・改良してみました。

 幸い使ってあるICは BISS0001 というこの用途では定番中の定番でしたので、右図で示した9番ピンを使って改造しました。

 図中のCDSとあるのは光が当たると抵抗値が小さくなる光センサーなので、光が当たっているときCDSの抵抗は小さく20kΩ以下9番ピンの電圧は0.2Vより小さくなり、人感センサーは何もしませんが、あたりが暗くなるとCDSの抵抗が大きくなり(1MΩ以上)0.2Vを上回るようになるため人感センサーが働き出す、、、、と言うわけです。

 用意する部品は左上写真に見られる1MΩの抵抗器(左)とCDS(右)の2点のみです。

 以下改造の方法を述べますが、

この記事は改造を推奨するものではありませんし、また改造により生じたすべての結果について責任は持てません

のでその旨ご承知置きください。

 せっかくの美しいケースに傷をつけては台無しですので当初CDSの場所をどこにするかで思案しました。

結果、右上に示す基板の表側写真のように、4個あるLEDの下のLEDを取り外し、ここにCDSを設置することにしました。

 右写真左側は基板のパターンをカットする場所を示したものです。
 最初はICの9番ピンへの配線のカットでここが一番の難所でした。

 次は下部LEDまわりの配線3本のカットです。これが終わったらLEDを取り外し、CDSを取り付けます。(極性なし、リード線はそのまま残せば跡で配線が楽)

 右側は配線の様子を示します。
 AとBはジャンパー線です。CとFは1MΩの抵抗器、CとD、EとGをそれぞれ配線すれば終了です。

 右写真は完成品です、外見上改造跡はデザイン上問題ありませんし、またLEDが1個減っても実用上問題なく電池の長持ちも期待できます。 

 これで夜間のみ稼動するようになりました。左は作動中の写真で、LEDが3個のみ点灯しているのがわかります。

2016年11月3日木曜日

秋の小旅行(金沢・高山)2/2

 今朝は少し陽は射しているとは言うものの昨日と違って天気は下り坂の予報です。

 今回の高山は高山駅の東、宮川にかかる赤い橋(中橋)の右上(左地図の少し色が濃い部分)にある高山市三町伝統的建造物群保存地区を主体に散策しました。

 駐車場は少し遠かったのですが、空町駐車場を選択しました。行ってみて気づいたのですが、写真のように図書館の駐車場でもありました。

 この建物は煥章館(かんしょうかん)と呼ばれ、2004年(平成16年)に明治時代初期に建築された洋風木造建築である高山煥章小学校の往時1876年(明治9年)の姿を鉄筋コンクリート造り再現したものだそうです。
 このあたりは国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されており、観光客の多いところです。

 とりわけ高山祭りは大混雑で、友人が車で出かけたけれど駐車場が無く、町の外でコーヒーだけ飲んで帰ってきた、、、、などという話しも聞こえてきます。




 甘い物好きの私たちが真っ先に目をつけたのが老舗の落雁屋さんです。
 写真左下はここで売られている落雁で、飛騨国分寺の瓦と銀杏をあしらった、かわいい一口サイズです。





 蕎麦も高山ではおいしい食べ物のひとつですが、職人さんの蕎麦うち姿が通りから見られるのも風情です。
 10月も終わりのここ2・3日はずいぶん気温も低下してきましたが今日も例外ではありません。

 地酒の試飲なる看板が誘っています。
 家人は店の中へ入り、早速オーダーですが「運転手はダメ!」の一言、、、、写真左下の小さなカップ一杯で¥100です。

 このあたりには酒屋さんが多く、ハローウィンの名残を残したお店もありました。


 「森のみ」と言う小さな看板を鉢植えのコスモスの傍に見つけました。山野で採取した木の実や小枝で作った雑貨が売られていました。

 山家育ちの私にとってこれと言ったものはなかったのですが、そこそこお客さんがはいっていたのは都会からのお客さんが多いのでしょう。

 お店のお兄さんがいいものをあげましょう、、、、といって小さな小枝を切って手渡してくれました。爪楊枝などに使うクロモジの小枝で傷つけるといい香りがするのです。さっそく木枯らし紋次郎よろしくわえ歩きです。

 町を散策していると木造の3階建てを目にします。これは上ニ之町にある飛騨昔菓子屋さんです。
 奥に見えているのは屋台蔵でここに収蔵してあるのは五臺山(ごだいさん 五台山)です。


 道端に赤い鋳物製の消火栓を発見しました。デザインも町並みにあわせてあり格好のアクセントになっています。




 人通りは増えることはあっても減ることは無い様子です。
 外国からのお客さんもかなりの割合です。


 「本日お休み」の札が下がっているお食事処の入口の飾り物です。
 街燈籠の傍に来年の蕾がついたシャクナゲ、手筒花火の筒に挿した赤い唐辛子そして稲藁がまとめてありました。






 家人のお目当ての味噌・溜まり・醤油を扱っているお店に入ってあれこれ品定めしているとき、何か視線のようなものを感じてふと外を見ると人力車が止まっていました
 間髪をいれずシャッターを押していましたがあとで確認すると外国人らしい乗客が店の中を見ていたようでした。

 この通りは木や花を育てている家々が多く目を楽しませてもらえますが、この家は琉球朝顔でしょうか、小さなプランターで立派に育てられています。





 下写真は赤い中橋近くで見つけた屋台蔵です。

 左は屋台蔵を見上げたもの、右はネットから得た、そこに収蔵されている上三之町上組恵比須台(えびすたい)です。

 高山祭は、春の山王祭と秋の八幡祭の総称です。


 春の山王祭は、高山市南半分の氏神様として崇められる日枝神社(山王様)の祭事として4月14・15日におこなわれ又秋の八幡祭は高山市北半分の氏神である桜山八幡宮の例祭として10月9・10日におこなわれます

これらのお祭りには12ある屋台がそのきらびやかさを競うのです。

 赤い中橋が架かっているのは高山の街の中央を南北に流れる宮川です。
 
 右写真はこの橋の上から下流の筏橋方向を観たところです。

 高山と言えば、有名で人気の宮川朝市は筏橋の次の次、国道158号線に架かる鍛冶橋の下流・右側で開かれます。

 左写真は中橋の南西角にある日枝神社の御旅所です。

 御旅所は、神社の祭礼などにおいて神体を乗せた神輿が巡幸の途中で休憩または宿泊する場所なので、これ幸いとお参りした後、遅くなった昼食を摂るために高山を後にしました。

 今回は幸いよい天気に恵まれ心休まる小旅行ができました。
 やはりツアー会社の旅に比べ、時間が自由になるマイカーでの旅のありがたさを実感しました。