2018年2月7日水曜日

また、今年も蘭が咲きました

 人の丹精あって、また、今年も我家の蘭が咲きました。
 
 今年最初に開花したのは、ミニカトレヤ Ctt. Burgundy Delight カトリアンセ バーガンディー デライト)で、1月半ばから咲き始めました。
 格別寒い時期に、深紅の花は温かさを運んでくれました。

 次いで、セロジネ・インターメディア( Coelogyne intermedia )が元気に花をつけました。次々と花枝が伸び出て、その数は8本を数えて、香りが室内に華やかに満ち溢れています。

















 そして、さらにデンドロビウム・キンギアナム(上写真)が続いています。

 また、お馴染みの白いデンドロビウム(右写真)も満を持して、沢山の蕾を育みつつあり、私どもの期待も膨らんでいます。

 過日、お知り合いの出展者の方からご案内を頂いて、恒例の「ラン展」に出かけてきました。
 

 この展示会は即売会もかねておこなわれていますが、今年は即売会場の面積を増やし、会場全体を少し広くアレンジしてありました。




 

 右写真は今回の「洋ラン展大賞」を受賞した、カトレヤ大輪交配種でカトレヤ最高級種とされる、カトレヤ メロディ・フェアキャロル’(C. Melody Fair‘Carol’)で、凛とした佇まいはまさに王者の風格です。




 左写真はお知り合いの出品で、高位の賞を受賞されていました。

 名前はパフィオペディラム サクハクリ(Paphiopedilum sukhakulii)といういわゆるパフィオです。

 サクハクリという種名は、タイ人蘭愛好家にちなんでいるようにこのランは東南アジア原産ですが、同じランでもカトレヤとはまた違う風情があります。




 
 これは「希少種賞」とあったスダメルリカステ・シリアタ(Sudamerlycaste ciliata)です。

南米のコロンビア・エクアドル・ペルー・ボリビアなどの標高10002400mの高地に自生する着生植物だそうで、言われてみれば珍しい、、、、


 こちらも受賞のタグがありました。(左写真)

 まっ黒で下垂する珍花で、人気種でもあり、その名もフレッドクラーケアラ アフター ダーク‘SVO ブラック パール(Fdk.After DarkSVO Black Pearl)、、、、長い名前です。





右はデンドロビウム’ニューギニア’Dendrobium New Guineaです。

 ラン展で最も難しいのは、コンテスト当日にいかにすばらしい花を咲かせるか、ということだそうです。たしかに花は温度、日照時間などで開花時期は気ままに変わりますので出展者の方々は長期にわたってずいぶん苦労されているものと推察されます。

そういえば今年の花たちは幾分元気がなさそうなのは気のせい、いや気候のせいでしょうか。

 左はアングレカム・ビーチAngraecum veitchii)という珍しいマダガスカル固有の着生蘭です。


 右の白い大輪のカトレヤ交配種リンコレリオカトレヤ パストラルイノセンス’(Rhyncholaeliocattleya Pastoral Innocence)です。さすがカトレヤは素直に美しい。




黄色が眩しいミニカトレアはカトレヤ・フリースピリット'ティナ' (Cattleya free spirit 'Tina')です。








 真っ白で清楚かつ妖しげな花で香りも素晴らしいという、ジュメレア・メジャー(Jumellea major)です。
 マダガスカルの低地から中高地に自生する着生種で夜に香るとか、、、、

下写真は、ブルボフィルム・スケアティアナムBulbophyllum skeatianum)、マレーシアやラオス原産の着生種です。








 白い花の房が見事に垂れ下がっています。(右写真)
 リンコスティリス・ギガンテア(Rhynchostylis gigantea)といい、インドから東南アジアにかけて分布するランの仲間で、樹木の枝や幹に根を張り付かせて自生する着生種です。








 最後の花は、昨年も出品されていたレナンセラ・フィリピネンセ( Renanthera Philippnense )でその名のとうりフィリピネン産です。赤い色が情熱的で目を惹きつけます。


 ランの花は多種多様で、多くの人を魅了してやみませんが、昨年に引き続き咲いてくれるありふれた我家のランも愛着を覚えます。

 来年もまたよろしく、、、

2018年1月15日月曜日

春信の錦絵を観てきました

 新春早々、鈴木信の錦絵(多色摺りの浮世絵木版画を観てきました、とはいっても昨年末に出かけるはずが、新年に持ち越しとなってしまったのが真相です。

 錦絵といっても数多ある中で、鈴木信の錦絵は草創期にあたり、かつ製作年数も少なかったために1版あたりの現存数が極めて少なく、そのうえ明治期にほとんどが海外流出してしまったので、今回のボストン美術館のコレクション展示は格好の鑑賞機会だったのです。

 鈴木春信は江戸時代中期の浮世絵師で江戸生まれ、1725?-1770で45歳の若さで没しています。

 宝暦10年(1760年)3月上演の芝居に基づく細判紅摺絵(柱に飾る短冊形状で紅色と緑程度の簡単な版彩色)の役者絵「市村亀蔵の曾我五郎と坂東三八の三保谷四郎」が春信の初作とされており、以降、実際に活躍したのはほんの10年の短期間ですが、のちの浮世絵の発展に大きく影響を及ぼしたとされています。


右は世界で1点しか確認されていない春信初期の作品で「見立三夕」です。
 まだ色数も少ない紅摺絵で、夕暮れを詠んだ著名な和歌「三夕」の歌人定家(右)、寂蓮(中央)、西行(左)がそれぞれ美人に置き換えられて描かれていますし、基歌も後方に小さく掲げられています。

 古今和歌集より
「見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ」(藤原定家)
「さびしさは その色としも なかりけり 真木立つ山の 秋の夕暮れ」(寂蓮)
「心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ」(西行)


錦絵が大流行するきっかけになったのが、大身の旗本や豪商の風流人たちが催した絵暦交換会でした。
 彼らがそれぞれスポンサーとなり、構図を考え、絵師、彫師、摺師などと協力しながら、木版多色摺りの技術開発、色彩表現の可能性を追求し、様々なデザインの絵暦を競って作りあげていったのです。(絵暦とは太陰暦では、30日ある大の月・29日の小の月が毎年変わるため、絵で月の大小を表したものです)

 左は、にわか雨にあわてて洗濯物を取り込もうとする美人を題材にした「夕立」です。


 洗濯物の模様に「大、二、三、五、六、八、十」と「メイワ 二(明和2年)」の文字が示されています。


 さらに左図の帯の模様で、白丸の中に右上は「乙」、左下は「トリ」とありますので、
「明和2年は乙酉(きのととり)で大の月は、二、三、五、六、八、十月」と読み解くのです。



 またこの絵には製作者(スポンサー)伯制工(松伯制印)と画工・鈴木春信、彫工・遠藤五緑、摺工・湯本幸枝それぞれの名前が記されていますが、伯制工の字は大きく堂々としています。

 このように、趣味人がより高度な作品を求めて、紙質、版木、絵の具、版数などに費用を惜しまず投入した絵暦の時代はある意味錦絵の絶頂期でありましたが、こののち版元たちが暦の部分を削除した絵を一般向けに、大量に売り出すとともに品質は低下していきましたが、錦絵は広く生活の中に浸透していきました。

 一例として、左は同様に春信の「雪中相合傘」ですが、右側の白い着物の袖に「空摺」と言う技法が施されています。











 これは版木に絵の具をつけずに、摺師が肘などを使って強い圧力をかけながら摺って凹凸を出すもので、たとえば、雪や綿など白くふっくらとしたもの、布やその文様、輪郭戦などに立体感をもたせるための、いわゆるエンボス加工(浮き出し)です。

 この技を施すことができるのは高級和紙に限るようで、のちに現れる同様な絵柄には「空摺」はめったに見られなくなりました。

 冒頭に掲げたパンフレットの絵は、「桃の小枝を折り取る男女」と題された、若く、華奢な二人が見つめあう初恋の雰囲気漂う春信ならではの作品です。


 春信5歳での突然の死は、彼を師と仰ぐ人々をはじめとして、多くの江戸っ子たちに惜しまれました。死しても人気は衰えず、ついには作者不詳ながら「春信」とサインの入った作品まで出回ったとあります。

 左は「春信」作の「お仙と菊之丞とお藤」です。
 当時江戸で評判の実在の美人たち、中でも谷中笠森稲荷の水茶屋「鍵屋」の娘お仙、次いで浅草寺境内の楊枝屋「本柳屋」の娘お藤は、たびたび春信の錦絵の主人公となりました。
 絵中、左が柳屋お藤,右が笠森お仙、中央は歌舞伎の女形瀬川菊之丞です。


 そして右は、春信の後継者の一人でもある喜多川歌麿の「おきたとお藤」です。

 絵中、左側の「おきた」は歌麿の時代に、寛政三美人の一人と讃えられた「難波屋おきた」のことですが、右側は前述の、春信が好んだ「柳屋お藤」なのです。
 この時点で「お藤」は既婚となり、眉を落とし、お歯黒をした押しも押されぬご内儀姿です。

 「おきた」がありがたそうにいただいているのは、美貌の秘伝書ででもあるのでしょうか、、、、春信の次は私だと歌麿が世代交代をアピールしているようで大変興味があります。

 あれやこれやと2時間あまりがあっという間に過ぎ去ってしまいました。今回の春信を主とした150点の作品鑑賞で理解できたのは、ほんのサワリだけではありましたが、すばらしい「お年玉」になりました、、、、こいつは春から、、、

2017年12月31日日曜日

2017年も今日でおしまいです

 いよいよ2017年も今日でおしまいです。
 月日の経つのは本当に速いもので、暑さ寒さに始まって体調や多くの行事に気をとられているうちに、またまた例年のごとく大晦日となりました。

 しかしながら、このことが日々の幸せの積み重ねだと思い返してみれば、多くの方々への感謝以外の何者でもありません、ありがとうございました。

 例年のごとく、松飾が出来上がりました、これまでのものに比べて多少すっきりさせたつもりですが、家人がすこしさみしいから、、、、とナンテンの実でアクセントをつけてくれました。
 やはりお正月は華やかなものが似合います。

 今年はダイダイが豊作でしたし、朝の散策路にも植物相の変化があり、小さな松の木があちこちに成長をはじめ、さらには小鳥が運んだナンテンたちもあちこちで赤い実をつけています。
 そんな自然の恵みを少しだけ頂いて、松飾に取り入れました。

 お正月の準備には鏡餅もあります。
 我家では神棚と部屋飾りの2組しか作りませんが、餅つき機から出来たての餅を、米粉を敷いたトレイの上に移し、あとは目分量で4個丸餅を作るだけです。

 このときに用済みのカレンダーを細長く切断し、丸く鉢巻状のものを作っておき、右写真のようにセットしておくと平べったくなりすぎず、ほどほどの高さを保った鏡餅が出来上がります。

 さらにこの鉢巻をはずすころあいを見計らうと不自然な円筒状が解消され見栄えも良くなる、、、、

 あとは程よく固まったのを見極めて、カビ防止のため、米粉をよく落としておきます。

 そしてダイダイが転がり落ちるのを防止するために左写真のように爪楊枝をたててそこにダイダイを固定すれば出来上がりです。







 このようにすればきわめて不安定な神棚用も、これこのとうり、、、、





 今年もウエルカム・フラワーはカサブランカとナンテンです。
 この紅白の組みあわせはなかなかのものですが、昨年に比べてカサブランカの存在感が増しています。

 

 このブログのカウンターもおかげさまで、この年末で17万件を越えました。

 私共も健康に留意しながら来る年を仲良く過ごしていきたいと思っています、もちろん皆様にとっても幸多く良き年でありますように、、、、

2017年12月17日日曜日

ジャコメッティ展を観てきました

 ジャコメッティ展を観てきました。

 いきなりオークションの話です。この秋、一ヶ月ほど前にダ・ヴィンチがキリストを描いたとされる「サルバトール・ムンディ(救世主)」がこれまでの記録(ピカソ)の約2倍である508億円で落札されたのも耳新しいのですが、彫刻作品はどうかと調べてみたらジャコメッティの彫刻「指さす人」(1947)が2年前、170億円で最高値でした。

 ジャコメッティといえばあの異様に細長いブロンズ像が想い起こされます。

 左はジャコメッティ展のポスターに使われた「ヴェネツィアの女」、体の女性像のうちの6体ですが、まさにこれぞジャコメッティです。

 

 そして右が「歩く男」です。

 彫刻界のいわば人気トップにあるジャコメッティ展が開催され、さらに彫刻の撮影コーナーもあると言うことで早速出かけてきました。

 
 









 ジャコメッティ( Alberto Giacometti 1901-1966)は、スイス生まれで、1922年以降パリを主な活動拠点とした芸術家です、左写真はWikipediaよりの引用です。




 当初の抽象芸術から離れ、「見たものを見えたままに表現する」具象表現へ作風転換していったジャコメッティは、この頃から極端に細長い人体像を製作しはじめました。
 そして多くの芸術家や評論家たちに認められたのが1948ということで、彼の47歳のときでした。

 ただ彼の悩みは「見たものを見えたままに表現する」と、何故か作品は極端に小さくなってしまい、せめて高さだけは、、、と思って造ると今見られるような細長いものが出来上がってしまったのです。





 これらの流れを念頭において今回の展示を鑑賞したのちに、このかたちはジャコメッティの感性の創造物であり、このことを芸術と言うのだろうと私なりに理解できたような気がしました。

 今回のブログにある写真は写真撮影が許可された部屋で撮影したもので、ここに展示してある作品はチェース・マンハッタン銀行からの依頼を受けて、ニューヨークの広場に展示するために制作された歩く男Ⅰ」「女性立像Ⅱ」「大きな頭部点の大作および「」と「です。

 左の女性立像Ⅱ」はさすがに大きく、高さは2.7mもありますが、極端にスリムです。

 また歩く男Ⅰ」も高さは1.8mあり、右写真でその大きさを知ることができます。












 下は3点目の「大きな頭部」ですが、それでも1m近くあり、ジャコメッティの作品としては巨大な部分に属します。




 左下の写真はジャコメッティがこの作品を創作中のものですが、大きさがリアルに分かります。

 しかしながら、残念なことに、これら3点をニューヨークの広場に展示する計画は実現せず、最晩年の作品と言うことになってしまいました。






 ジャコメッティの作品の中では動物はあまり多くないようですが、この写真撮影が許可された部屋には「」と「」がありました。

 「」はジャコメッティ自身の回想のなかに、「悲しい気持ちで雨の中をうつむいて歩いているとき、自分は犬のようだった」と言うのがあり、この作品はまさにその孤独が突き詰められ、表現されています。



 また「」は弟のディエゴのアトリエに居たもので、毎朝ジャコメッティのところへ歩いてくるのを表現したものだそうです。


 頭だけ仔細に表現されているのはまさに彼が「見たものを見えたままに表現する」とした結果なのでしょう。

 今回は難解な鑑賞でしたが、いろいろ思考しながら作品を撮影する機会もあり、以前に比べてジャコメッティを少しは近くに感じられるようになった気がしました。

2017年12月9日土曜日

TL866 ユニバーサル・プログラマ はすぐれもの

 そろそろ本格的にZ80マイコンを手がけようと思っていた矢先、amazonでたまたま見つけてしまいました。
 表題にある「TL866 ユニバーサル・プログラマ」(中華製)です、これは過日自作した「EPROMプログラマの製作」と同様にEPROMにマイコンのプログラムを書き込む装置なのですが、その対象とするチップはROM類(EPROMは言うに及ばず、FLASHMEMORY、NVROMも)、PLD/GAL/CPLD、AVR、PIC,SRAM・DRAMのチェック、そしてTTLなどのロジックICのチェックまでもできる、まさにユニバーサル・プログラマなのです。

 以前から注目してはいたものの購入するには少し価格が中途半端でしたが、たまたまアマゾンで見つけたときにはタイムセールとかで、送料込みでebayより安い¥4kでした、これはもう、、、、と言うことで届いたのは左上写真にある、想像していたよりも小さなパッケージ(10x12x6cm)でありました。

 右写真はその中身で、右下が本体(6x10x2.5cm)、その上がICSPコード(TL866Aバージョンのみ)、その左がUSBケーブル、左下が諸ドキュメントとドライバが入ったminiCDROMです。
 さっそくパソコンにつないでEPROM(27C256)で書き込みチェックです、電源はUSB供給なので接続はUSBケーブル1本と言う
簡潔さです。

 ドライバとアプリケーションソフトはメーカ・サイト(http://www.autoelectric.cnから入手しました。最新のアプリケーションソフトはMiniPro v6.60のようです。


 右がその MiniPro v6.60 の画面です。
 言語は中文と英語しか選択できませんので英語にしてありますが、ときどきニュアンスに違和感を覚える場面に遭遇しますが、操作には問題はないと思います。

 アプリケーションの操作はごく常識的にできるよう造られており、ほとんどマニュアル無しで無事、操作・書込みができました。


 左は最近常用の EEPROM W27C512 での書込みを終えたところです、中央に Programming Successful ! とでていますので成功ということですが、この確認画面を終了して抜けるのに Cancel ボタンを押すことに慣れるまでは時間がかかりました。

 、、、と、ここまであまりにも順調に来てしまったせいか、幼いころからの悪い癖で、中身が見たくなってしまいましたのでさっそく分解です。

 グレーのケースは当たり前のものですが、その寸法精度はこれまで見てきた中華製とは一線を画し、なかなかの出来です。

 右写真に見られるように、構造はプリント基板の2階建てとなっています。
 部品配置、半田づけはきちんとされており、ざっとチェックした限り、危うさは感じられません。

 左は上面、右は下面の写真です。


 どちらもすばらしいできばえ(プロが作った製品だから当たり前?)だと思います。



 ことのついでに、左は上側のプリント基板の上面と下面の写真、右は下側のプリント基板の上面と下面の写真をそれぞれ載せておきました。

 これらの写真はすべてクリックで拡大されます。(元に戻るときは画面左上の矢印をつかってください)

 ここで使用中に気になっていた点を改造しました。

 このプログラマには本体のインジケータは二つしかありません。左写真に見られるように、電源が供給されているのを示す赤のLEDと仕事中?を示す黄色のLEDです。

 電源供給の赤は常時点燈していますので大変目障りなのです(あくまで私の感性です)。そこでこの赤・黄のLEDを入れ替えることにしました。プリントされた配線をよく確認して、完成したのが左写真の after です。

 右はこのプログラマが持つメニューのひとつである、ロジックICのチェックを手持ちの74HC74でおこなってみたものです。

 結果を示す表示のプロセスには

flip-flop 1 Set and Result Test Normal!
flip-flop 2 Set and Result Test Normal!
Unit 1 flip-flop Test Normal!
Unit 2 flip-flop Test Normal!

と表示され、結果は
Test Result: Normal! とあり、合格でした。

 最後に気づいた点をいくつか。
 ・本体上面にある40ピンのゼロプレッシャ・ソケット

 これは使用頻度が最も多いものなので頑強さが要求されますが、なんだか怪しそうです。
 小さく3Mとありますが、私の知る3Mのそれとは品質が違うようです。

 ・本体についているUSBコネクタがサイズがぴったり合っていない。
 手持ちのUSBケーブルを試してみましたが、すべてユルユルでした。

 まあこれらはダメになったら交換すればいいので目を瞑りましょう。

  このプログラマは多くのデバイスに対応していますが、その数を誇る14177に入らないデバイス(IDが合致しない)はどうしようもありません。まあ、こんなときは自作装置で対応しましょう。

 ということで今回入手したTL866 ユニバーサル・プログラマ」(入手するなら私と同じAタイプがおすすめです、より安価なCSタイプは機能や対応デバイスが少ないらしい?)は、ソフトのサポートも考慮すれば、コストパフォーマンス抜群でこれまでの中華製に対する認識を改めさせられました、危うし made in JAPAN !!!