2013年9月29日日曜日

DRAKE SSR-1 受信機のリペア

 先ずはリペア(修理)のおわった DRAKE SSR-1 受信機の写真を掲げます。
 この受信機は1975年、約¥70kで発売されましたが、ほんとうにDRAKE製かどうかが議論を呼んだものでした。写真に見られるように、左上のプレートにはSSR-1のモデル名が、そして右下に小さく「R.L.DRAKE CO.」とあります。

 また裏側のシリアル番号を刻印したプレートには「SEIWA CORPORATION」の文字と東京都中央区の住所がありましたので、察するに日本製の受信機をDRAKEブランドで販売したものでしょう。参考までに本家R-4Cの写真を掲げておきますが多少似たところがある、、、、

 もう製造から30年も過ぎた過日、リサイクル店でこのSSR-1と遭遇したのです。思ったよりきれいな状態なのに、樋口一葉さんにも満たない対価とのこと、電源を入れさせてもらってチェックしたところ結構ガリガリノイズが大きいながらもまだ生きているように見受けました。店員さん申し訳なさそうに、「ロッドアンテナの先端のポッチが折れていて無いんですよ、、、、」なるほど価値観はそれぞれ、、、、内心にっこりしながらつれて帰りました。

 そしてその時点で、ガリガリノイズを退治すべく十数個のトランジスタ(2SC710)をすべて?交換しました。初期の2SC710はリード線が銀メッキしてあった(おそらく半田の乗りをよくするため)ので、時間経過とともにこの銀がマイグレーション(界面を移動)してノイズ発生を引き起こしたのです。(ちなみにこのトランジスタはネットを通じて二十個ほどいただいたものです、改めてお礼申し上げます。)

 そのご問題も無くAM放送主体に聞いていましたが、先日から音が出たり出なかったりしていましたがついに何も聞こえなくなってしまいました。

 ということで裏蓋をはずし(左写真)修理にかかりました。

 回路構成は下図に示すようにワドレーループというトリプルコンバージョンタイプの受信機です。

 図の右半分は2~3MHzの通常の受信機ですが、左半分に特徴があります。ブルーで囲んだ45.5~75.5MHz発振部は出力をすぐ上の1st MIXerに供給するとともに最下部のハーモニック・ジェネレータとの混合周波数42.5MHzをも生成し2nd MIXerに供給します。



 この回路の特徴は、ハーモニック・ジェネレータの使用および1st MIXerと2nd MIXerによる周波数のドリフトキャンセルでしょう。ただ欠点としては原理的に10.0MHzのような100kHzの桁が0になる周波数が受信できない点です。
 左写真にハーモニック・ジェネレータの出力を示します。10MHzのXtalを発振させた後、ハーモニック・ジェネレータによってこのようにきれいな1MHzごとの出力になります。


 右写真は回路基板です。左側のアイボリー色が前述回路構成図の右側、グリーン色が左側になります。ちなみに一番右側に部品が縦に並んでいるのがハーモニック・ジェネレータ回路です。

 手順として、まず発振回路をチェックしましたがすべてOKでした。

 ついでAFブロックもOK、高周波回路は、、、、NGです。ということでAVC(AGC)回路(前述回路構成図でグリーン表示)が怪しいとにらみました、というのは簡単ですがここまで来るのにずいぶん時間がかかりました。トランジスタのバイアス電圧は0.6V程度が必要ですが、AVC AMPが無信号でもAVCラインの電圧が上がりません。


 ミューティんグSW用のトランジスタがおかしいようです。(上写真の白丸)
 ここにも2SC710が使ってありましたが、信号増幅ではなかったので前回交換してありませんでした。
 取り外してみると右写真に見られるように、トランジスタの下側半分がほとんど銀の薄膜でみごとに覆われています。この銀のマイグレート膜が回路をアース側に短絡させていたのです。

 ミューティング端子は使う予定がありませんので、トランジスタははずしたままにしておきましたが、SSR-1はようやく機能を回復し、受信もできるようになりました。

 ことのついでに、再調整をしておきましたが、プリセレクターの切り替えスイッチが接触不良を起こしているようで、分解・清掃をしておきました。

 手順として、フロントパネルをはずします。(上写真)そして配線をはずし(右写真)分解します。

 下写真が切り替えスイッチを分解した様子です。
 接点が潤滑オイルで汚れている様子がわかります。あとはこの接点をよく磨いて終わりです。しかし改めて観るとなんと多くの精密な部品から成り立っていることでしょう。


 この時代は、これらの部品一つ一つが大切に設計され、精度良く作られていた、まさにわれらが経てきた「匠の時代」を彷彿とさせます。

 SSR-1はその後快調に動き続けていますが、ネットで見ると、この受信機はなぜか現在でも非常に人気が高いようです。

2013年9月24日火曜日

我が家の周波数標準の製作 ( LCDモニターつきGPS 同期 10MHz 発振器)

 先々回のブログで「BPIB-RS232C 変換インターフェースの製作」をアップしましたが、周波数の測定はどうしても基準周波数との比較でおこなうため、精度よく測定するにはどのような周波数標準を持つかが鍵となります。

 ということで、アマチュアが対処できるベストな方法をいろいろ考えた結果、GPSから送られてくる電波の中の時間信号を使うのがよいと考えました。GPS受信機を購入して、同期発振器を製作する手もあったのですが、数年前ごろから携帯電話の基地局で使われていたとされるGPS 同期発振器がシステム更新のため中古品が大量に市場に出てきました。幸いにもタイミングよく入手できたものが手もとにありましたので、これをつかって「我が家の周波数標準の製作」となったわけです。

 写真に示したのが Trimble社の ThunderBolt というGPS 同期発振器で、出力に10MHZと1PPS(1秒)の両方を持っています。
 カバーをはずした中に見られるように、 GPS 衛星に搭載されている原子時計超正確な時刻情報である1PPS (1秒間に1個のパルス信号)を受信機から取り出し、OCVCXO (Oven-Controlled Voltage-Controlled X'tal Oscillator:恒温槽付電圧制御水晶発振器)(写真中の四角い金属製のブロック)をPLL技術を使ってロックし、正確な10MHzの信号を得るものです。

 このユニットを実用に供するためには、電源を用意し、適当なケースに入れ、以前から懸案にしていた作動状態をチェックできるモニターもケースに搭載する必要があります。
 事前の予備実験で、必要な電源は、定常状態で実測したところ、+5V-250mA、+12V-125mA、-12V-3mAが必要であることがわかりました。もちろんウォームアップ時にはヒーター用の+12Vはマニュアルによればmax750mA流れるとありますので注意が必要です。
 出力のピュリティも考慮して、トランスによるアナログ電源も検討したのですが、大きくかつ重くなるのがいやで、外付けの16V1Aスイッチング電源を使いました。

 写真に見られるように、ケースは幅15cm、高さ5.5cm、奥行き20cmのものを使い前面にLCD(液晶)パネル、LEDランプそして後面に各種コネクタを配しました。

 主電源(+16V)は写真右下のコネクタから入り、コモンモードチョークを経てアルミ放熱板に取り付けたシリーズレギュレータLM317に入り、+12Vを得ます。+5Vも同様にシリーズレギュレータ7805によって+12Vから得られます。当然のことながら、シリーズレギュレータの損失熱がかなりありますので、対策を打つ必要があります。

 電源としては、さらに-12Vが必要ですが、せいぜい5mAもあればいいので、NE555で発振回路を作り、4倍圧整流ののち79L12で安定化しました。(上写真中の左側基板)
 発振周波数は、約922Hzで-12V-10mAが取り出せました。このユニットは効率が悪く、そのときの入力電力は16V-35mAでした。

 ついでLCDモニターについて述べたいと思います。
 このユニットはRS232Cの端子を持っており、パソコンソフトを使うことで多くの情報を得ることができます。 (親元のTrimble 社より Tboltmon.exe というモニタ&設定ユーティリティソフトが提供されており、容易にネットからダウンロードできます。)
 右上がパソコン画面ですが、パソコンとはCOM1のポートでつながっており、GPS衛星は6個捕捉しています。そして、ステータスはグリーンで、発振器はPhase Lockingの状態であり、10MHzの精度は0.10ppbであることを示しています。
 このソフトはよくできているのですが、いちいちパソコンに接続するのも大変ですので、赤い枠で囲った、「Activity」と「10MHzの精度」のみをケースにつけたLCDに表示し、発振器がロックして正常なときはグリーンのLEDを、非正常のときは赤のLEDを点灯させることにしました。

 そのためには発振器からRS232Cで送り出される多くのデータの中から、必要な部分を取り出さねばなりません。

 マニュアルを調べてゆくと、データ中の 0xBF-ACという部分に情報があることがわかりました。左側の表にあるように、0xBF-ACブロックのACを0バイトとして数えたときの13バイトが「Activity」で、ここに0から6の数字(16進数)が入ります。
 0ならPhaseLocking、、、6ならInactiveといった具合です。

 さらに20,21,22,23の4バイトには10MHzの精度情報があり、この4バイトから計算して10MHzからの偏差±ppbを出せばいいのです。
 右図は発振器からのRS232Cデータ( 9600, 8-N-1の条件で)を通信ソフトの「 Tera Term ]でファイルに落とし、(ここが肝心です)バイナリ-エディター「 BzEditor 」で開いたものです。上述したようなデータを見ることができます。
 あとはお得意の?AVRをつかって、読み取り、判断、LCDとLEDへの表示をさせればいいのです、、、、が符号付浮動小数点の10進化には苦労しました。

今回AVRはATtiny2313、コンパイラにはWinavrを使用しましたが、もちろんArduinoでもいいですが吐き出されたファームが大きくなるのでATtiny2313にははいりきらず、ATmega44,88クラスが必要かも、、、、

 AVR周りの概略回路を示します。RS232Cのデータはトランジスタを使った簡単なものですが、十分に機能しています。LCDにはお定まりの6線結線です。

基板もコンパクトなのでLCDのソケットに直付けしてあります。(右写真)
 完成した全体写真を下に示します。

 右下の橙色LEDは電源用、その上の赤いLEDはまだ発振器がロックしていないことを示し、LCDもわかりにくいですが、「 inactive 」を表示しています。


 ウォームアップ時間が経過すると、右写真のように赤のLEDからグリーンのLEDに切り替わり、LCD表示も下段に「 status_locking 」、そして上段には「 +0.003ppb 」と正常な作動状況を示します。
 また、裏面パネルは、向かって左側から、電源、GPSアンテナ(古いカーナビ用を流用)、10MHz出力、1pps出力そしてRS232Cコネクタと並んでいます。

 先々回のブログでアップした
BPIB-RS232C 変換インターフェースの製作」をつかって早速データを取ってみました。10秒おきに100回のデータですが、ほぼ8mHzの間に入っています。これは、10000000000分の8ということですからかなりの精度だと思います。ただし、よく考えてみるとこのデータは周波数カウンタ自体の精度を示していることでもあるのですね、、、、

2013年9月22日日曜日

生誕100周年記念 中原淳一展


 生誕100周年記念となる中原淳一展に出かけてきました。

 中原淳一という名前がどこか頭の隅にあったのは、思春期時代に遭遇した、あの目の大きな、どことなく憂いをたたえた国籍不明の美少女たちのインパクトが大変に大きかったことによるものでしょう。

 このイメージは後年になって、あの竹久夢路を引き継いだものであったことを知るのですが、今回あらためて展示会を観覧するに当たって、それほどの予備知識を持って出かけたわけではありませんでした。

 展示会は刈谷市美術館で先週から開催されていました。




 ここは以前にも「安野 光雅 展」の開催時に訪れたことがありますが、なかなか立派な美術館です。(右写真)



 3連休中のこととて午後は混雑するだろうと見当をつけて、お昼過ぎに入場できるように出かけましたが、駐車場も無事入れました。来館者はやはり女性が多かったものの、若い人も結構多く、母娘、夫婦のペアも目につきました。左写真が、美術館正面のディスプレイで、下写真が展示場入口です。

 会場内は当然撮影禁止ですが、今展は写真撮影ができるいくつかのスポットが右写真を始め、いくつか用意されており、配慮に感心しました。(以下に掲載されているいくつかの会場写真は許可されたものです。)

 以下中原淳一について私なりに調べました。
中原淳一は1913年大正2年)四国・香川県にうまれました。
 1925年(大正14年)小学校を卒業し母とともに上京したこの内気な少年、早くに父を失ったため、母と2人の姉に囲まれ育ち、姉たちとともに西洋人形を作ることが大好きでした。(人形の展示もありましたが、立派でした)
 1928年(昭和3年)日本美術学校入学西洋絵画を学び、1932年(昭和7年)銀座松屋にてフランス風人形の個展を開催し注目を浴び、これを機に雑誌『少女の友』の専属画家として表紙、挿絵を手がけるようになっりました。(19歳)
 しかし、戦争が始まると、優美でハイカラ、かつ目が大きく西洋的な淳一のイラストが軍部から睨まれ、軍部の圧力により、淳一のイラストはその後掲載されなくなってしまいました。

 終戦後、雑誌『ソレイユ』(フランス語で太陽、ひまわり。後の「それいゆ」)を創刊し、国土が荒廃し物資が不足していた時代に、雑誌を通して生活を豊かにする方法を多くの女性に提案することで爆発的な売れ行きを示しました。ときに淳一33歳。

 しかしながら一日の睡眠時間2~3時間という毎日の壮絶な生活がたたってか45歳で心筋梗塞、翌年脳溢血と以降永きにわたって、闘病生活を送り1983年、(昭和58年)70歳で永眠。

 この間彼の活動は多岐にわたり、ファッションデザイナー、スタイリスト、ヘアメイク、作詞家、ミュージカルの演出など様々な顔を持ち、若い女性の憧れや装いを提唱し続けるすぐれたリーダーでもありました。左写真は彼のデザインを実現したもの。

 彼の作品の原点は「竹久夢路」であったと紹介されていましたが、十分にうなずけるものがありました。夢路の生涯は1884~1934年であったので、中原淳一にとって非常に大きな影響を受けたことは想像に難くありません。夢路の大正ロマンが淳一の昭和ロマンにいくらかのバターを添えて、より多岐に展開されて引き継がれたものでありましょう。(写真右上)

 「NHKの歴史秘話ヒストリアから」
 読売新聞に掲載され映画化が決まった「緑はるかに」のオーディションで審査員を務めた中原淳一は、若き日の浅丘ルリ子の姿に自分の絵から抜け出してきたのではと感じるほど衝撃を受けた。主演は浅丘ルリ子に決まり、浅丘ルリ子はその後、大女優として成功を収めていった。中原淳一本人からヘアカットとアイメイクを施された浅丘ルリ子は、当時を振り返り「何もかもが衝撃的だった」と語った。

 、、、、と、あるようにそのころの彼は多才振りを十分に発揮して、多くの場で多くの人と交わっていたことがわかります。最後に展示してあったのは「生誕100周年」の各界からのお祝いの色紙で、その多さと多岐にわたっているのに驚かされました。

 あまり深く考えないで出かけたわけですが、その展示点数の多さ、作品の精緻さ(特にペン画の下絵)に驚かされました。そして、かつての思春期時代のテイストをこの歳になって再度味わわせてくれたこの展示会に感謝です。

2013年9月17日火曜日

BPIB-RS232C 変換インターフェースの製作


 左写真は、愛用の周波数カウンターです。古いですが、0.1mHzから3GHzまでレシプロカルで最大11桁まで測定でき、かつ取り扱いが容易なのが気に入っています。


 周波数変動の時間推移を測定したくていろいろ考えていましたが、このカウンターは私がこれまで使ってきたRS232C出力がなく、代わりといっては何ですが、もう1ランク上?のGPIB出力のオプションボードがついていました。

 右写真の一番下がそうです。おもいたって、手持ちの測定器類を調べなおしてみたら、上の二つ(それぞれディジタル・マルチメータ)と、写真には示さなかったのですが、シンセサイズド・シグナル・ゼネレータにもついていました。

 大学や企業の研究室ならともかく、プライベートのささやかな設備には高嶺の花と考えていましたが、なんとかGPIBとパソコンが接続できればもっと先が広がること請け合いです。
 かといって専用のインターフェースやケーブルを導入するとなるとゴルフを半年くらいあきらめねば、、、、とてもできないそうだんです。

 ということで先人の知恵をお借りすべく、ネットの大海の探検にのりだして、、、、ありました!!! 2005年2月の「トランジスタ技術」に掲載されていました。

 この記事を頼りにさらに情報を集めると、回路図、使用するPICのファームウエアなど必要なものがほとんど集まりました。そしてありがたいことに使用部品がほとんど手持ちのもので間に合いそうなのです。その結果が左写真です。





 ハードはほとんどをPICに任せており単純明快です。ということは、ソフトがずいぶん高度であろうことが想像できます。
 結線に少しわかりにくいところがあったので、ファームウエアのアセンブル・リストから私なりに整理してみたのが右図です。(この図もクリックで拡大します)
 またRS232Cのインターフェイスにフォトカプラーを用いて電気的に絶縁しているのは参考になりました。


 左図は穴あき基板に部品を載せ、配線を終えたところです。下の白いのが、三個のフォトカプラー、中央の黒いICがPIC16F876そして上の細長い4個の黒い物体はターミネータ用の集合抵抗です。



 右写真は配線済みの基板をケースに入れ、同じくケースに取り付けたコネクタと最終結線をしたところで、左側が表、右側が裏を示しています。コネクタとの結線が半田付け箇所も多く大変でした。
 でも幸い一箇所のミスもなく一発で作動したので一安心、、、、

 左写真の左側がRS232Cコネクタおよび電源入力コネクタです。グリーンのLEDは電源のパイロット、二つの赤いLEDは動作モニタです。右側はGPIB用の24ピンアンフェノール・コネクタですが、徐々に入手困難になりつつあります。

 右写真は手前に電源(DC8~12V)とパソコンからきたRS232Cケーブルをつなぎ、向こう側にGPIBケーブルをつないだところで、右上に見えている、コネクタを測定器につなげば準備OKです。

 もっとも最近のパソコンにはRS232Cの接続コネクタをもっていませんので、RS232Cケーブルとパソコンとの間にさらにRS232C-USB変換インターフェースを入れねばなりません。
 なので、私はRS232Cの接続コネクタをもった古いパソコンを愛用しています。

 この系は、エクセルのマクロを用いて、測定器のGPIB端子にまず制御コードを送り、ついで送られてくるデータをエクセルに書き込むものです。そのためのパソコンソフトはVECTORから「EasyGPIB」というフリーソフトをダインロードして使います。もちろんこのソフトの作者と、トランジスタ技術誌の記事の著者は同一です。
 
 ということで、私もエクセルのマクロをとりあえず勉強しながら書いてみたのが上左図です。

 右にエクセルの画面を示します。
 測定器のGPIBデバイス番号、測定時間間隔、測定繰り返し回数そして、測定器への制御コードをそれぞれ所定のセルに記入し、右上の「START」ボタンを押せば測定開始です。
 この例では10秒ごとに20回測定しているところです。結果は左側に記録されていきますので、後ほど計算するなり、グラフ表示するなり自由にできます。

 ということで思ったより簡単にGPIB端子を持った測定器の制御をすることができるようになりました。

2013年9月4日水曜日

真空管試験機 Tube tester の製作(その3) 回路構成

 それでは回路構成について考えていきたいと思います。(そのでふれたように、真空管の特性はいくつかの電源(プレート、グリッドそして場合によってはスクリーングリッド)を用意すれば測定することができます。過日のブログ「  真空管試験機 Tube tester の製作(その1) 真空管とは、、、、 」参照

 そのうちgmについては先回の構想. gm直読機能は必要!、容易に測定したいを実現すべく、いろいろ調べてみました。

 基本的にgmは左図に示すようにプレートとグリッドに所定の電圧をかけ、さらに1kHzの正弦波をグリッドに加えたときのプレート電流(AC)を読めばいいとあります。
 図中の回路にある100Ωの抵抗の両端にかかる電圧(Vac)からgmを測定するのです。
 たとえば、Vacが10mVであればgmは 1mS ( 1000μmho )となります。

 プレート電流(AC)の測定法には、抵抗値の選択、さらにはトランスをつかって交流電圧を取り出す方法、究極には、抵抗を入れずにワイヤーに直接クランプ型の交流電流計をセットして電流を測定する、、、、などなどありますが、簡易にということで図中で示したように100Ωの抵抗を使いました。


 さらに、いろいろ考えた結果、右に示した回路図のようにしてgmを測定することにしました。

 参考にしたのは、Steve Bench氏による「 RAT Tube Tester Project 」にあるアイデアです。
 これはプレートに供給する電圧は定電圧電源を使い、カソード側に定電流電源を入れて一義的にプレート電圧とプレート電流を与えてしまおうというわけです。この場合グリッドは10kΩで接地しておけば、所定のバイアス値になるようです。
 厳密には問題があるかもしれませんが、LTSpiceと、簡単な予備実験でそこそこの結果が得られたので、よしとしました。

 また先回の構想4. 入力値(電圧、電流)は精度の良いダイヤル式とし、メータでの確認をしない。については、これも過日のブログ「 定電流負荷装置の製作 」で採用したように、TL431で基準電圧を作り、それと被制御回路からの信号の差をオペアンプLM358で制御するなかで、基準電圧の分圧に、過去に多数ストックしてあった、2kΩ・10回転のヘリポットと、ダイヤルを使用しました。
 これらは、かれこれ4、50年前のモノですが精度は健全のようです。(写真左)

 今回、少し工夫したのは、ダイヤル直読の部分です。10回転ヘリポットを使うのですが、右図のようにヘリポットをスイッチで固定抵抗と入れ替えるようにすると、レンジの一部分を拡大でき、かつ直読できます。もちろん固定抵抗はヘリポットの実抵抗にあわせて選別しました。

 もし基準電圧として4Vをかけたとすると、左側の接続では、3~4V、右側の接続では2~3Vをそれぞれ10回転のダイヤルメモリで直読できます。

 これを応用することで、多少レンジの選択・設計には頭をひねる必要がありますが、当初の目的は達せられました。
 ということで、必要な構成要素は、
  1. プレートに供給する可変高圧定電圧回路  0~350V ~100mA
  2. スクリーングリッド用可変高圧定電圧回路  0~350V
  3. 定電流回路   0~100mA
  4. 正弦波発振回路
     . メータ用アンプ (1kHz増幅・整流・メータ表示回路)
      . ヒータ供給用電源
     . グリッド・バイアス電源
ということになりました。

. のプレート電圧供給用の定電圧回路を右図に示します。

 古典的なアナログ回路ですが、power TR unitには十分耐圧の高いものを使用しましたし、100mAの電流制限回路も組み込んであります。
 使用した電源トランスは、2次側が、100-150-200-250-300-350Vとなっていましたので、使用電圧にあわせ、タップアップ/ダウンしています。

. のスクリーングリッドへの供給電圧はあまり精度を必要としないので、FETを使用した左図のようなものにしました。電圧のソースはスクリーングリッド供給電圧がプレート電圧を超えることは稀なので、プレート電圧から採っています。回路は簡単でよいのですが、発熱によって電圧値がどんどん変わりますので、十分な放熱が必要のようです。もちろんFETは高耐圧、、、、







. の定電流回路を右に示します
 過日のブログ「定電流負荷装置の製作」そのままです。電流レンジはスイッチで0~10mA、10~20mA、0~100mAの3レンジにしました。
 10~20mAレンジはヘリポットのダイヤルの読みに10を足すことになります。

. の正弦波発振回路 および . のメータ用アンプ(1kHz増幅・整流・メータ表示回路)は、これも過日のブログ「ウイーンブリッジ発振回路」、「メータ用アンプ (その1)」、「メータ用アンプ (その」を参照してください。

. のヒータ供給用電源 についてはトランスを使用するつもりでしたが、当然のことながら、重く、スペースをとるので、一計を案じ、16V-1Aのスイッチング電源をトライしてみました。
 供給電力は、直流電流とすることにしましたが、本来真空管はバッテリーで点火していたものですし、徐々に電流値を上げていけばラッシュカーレントも防止でき、電圧をモニターしながらヒータ(フィラメント)の劣化も多少はわかろうというものです。

 スイッチング電源はこれも規格に人気がなかったのか、驚くほど安価だったものをいくつかゲットしておいたもののひとつです。
 写真に見られるように、電源コードも長く、立派ですしノイズフィルターつきの出力コードも同様です。その後折を見て開腹し、回路をチェックしたところ基準電圧の作成にTL431が使用されており、回路定数を変更することで5~16Vを任意に出力できるようになりました。
 もちろん、これ以外の電圧や電流を必要とする真空管には外部から電力を供給できる端子を用意します。

. グリッド・バイアス電源は一般的な回路を用い、0~-10Vから-10Vきざみで-50Vまで供給できるようにしました。

 以上のように回路構成を最終的に決めました。もちろんここまで来るのに多くの実験や改良があったわけですが、、、、

 次回はいよいよ製作です。