2013年5月19日日曜日

5月連休あとの庭花


 連休もあっという間に過ぎ去り、はや5月も半ばになりました。
 5月になってようやく暖かくなり(このあたりは)まさに風薫る、、、、なのですが、薫風は俳句の世界では「夏」の季語なのです。ちなみに「五月(皐月)晴れ」も同じです。本来陰暦の5月は今の6月ですので、「五月晴れ」の意味は梅雨の晴れ間に垣間見られる夏の空ということでしょう。
 我が家の庭の花木も先回のブログ以降目まぐるしく変化しています。 バラたちも順次咲き始め、ミニバラも可愛い花をつけています。

 風薫ると言えば、このところ庭に馥郁とした香りが満ちています。それは片隅に植わっているダイダイの花の香りなのです。昨年は気候不順のせいか、はたまた老齢のせいか、元気なく、実りもさっぱりだったのですが、ことしは木いっぱいに花が咲いているのです。たくさんなってくれるといいのですが、、、、


 時を同じくしてキーウイも開花です。こちらはもう30年以上秋には数百個の実りをもたらしてくれていますが、さらに屋根にまで枝を伸ばして夏の日よけにも役立ってもらおうとしています。


 ひと足遅れて紫色のシランが咲きそろいました。白色のシランと同じ場所に植えるとなぜか白色が消滅していくので、紫色のシランは僻地に植えられています。



 左、ヤグルマソウが元気に繁殖しています。近頃あまり見なくなって、家人がお友達からいただいてきたものですが、見られるように、大増殖中で、油断をすると狭い庭が占領されてしまいます。
 近頃あまり見かけなくなった花といえば、ダリヤ、カンナ、ムラサキツユクサなどありますが、どれも懐かしい、、、、



 その奥にカンパニョーラ・アルペンブルーが咲いています。こちらも繁殖力においては負けていないほどです。


 こちらはクレマチスです。白い花は写真に撮るときの露光が難しく、普通に撮ると花が真っ白に飛んでしまいます。コンデジ(コンパクト・デジカメ)でもスポット露光にしておけば、このように花弁の繊細さを写し取る事が出来ます。
 その代わりこの写真のように背景が暗くなってしまいますが、これを補正するためにはまた一段と工夫が、、、、


 これはハニーサックルです。
 スイカズラ科つる性耐寒性半落葉低木です。
 ハニーサックルは細長いユニークで綺麗な花をたわわに咲かせ芳香があり、お客さまをもてなすウェルカムプラントとも呼ばれているそうで、我が家の玄関に植えられています。
 花言葉は「愛のきずな 献身的な愛 友愛」とありました。


 カモミールも元気にたくさんの花をつけました。
 私は飲むと気持ちが落ち着くという、カモミールを使ったハーブティーがお気に入りです。


 これは、地中海沿岸から西アジア原産とする、キンポウゲ科一年草ニゲラです。
 花言葉は「夢路の愛情・深い愛・当惑・不屈の精神・ひそかな喜び」とありました。



 左写真は花のクローズアップです。




下写真はイキシアです。この花も繁殖力が強く、取り去っても取り去っても次の年には庭のどこかで咲いている、、、、この花もそのような存在でしょうが、こうしてみるときれいです。














 最後の写真はコチョウランです。
 庭の花ではありませんが、昨年秋いただいたものが春近くまで咲いていて、全ての花が終わった後、また春になって開花したものです。

 このように日々の生活の中に花のあるのはすばらしい事だと思います。家人の丹精に感謝、、、、

2013年5月15日水曜日

RADIOの製作(2) USB 1セグチューナーの広帯域受信機化

 連休前にオーダーしておいた「USB 1セグチューナー」がようやく、はるばる香港から到着しました。
 パソコンでテレビを見ようというわけではありませんが、ネットで昨年の後半くらいからこの「USB 1セグチューナー」を広帯域受信機にするという情報が増えてきたのに気がつきました。

 早速私も実験してみようと思いたち「USB 1セグチューナー」を手に入れるべくネットを探しましたが、結局ebay でとり寄せることにしました。( DVB-T+DAB+FM )といいます。
 このチューナーはどれでも良いわけではなく、RTL2832U というチップが使われていなければなりません。で、高性能といわれているものは国内では入手できないのです。

 でもこの円安の状況でも送料込みで国内より安価に入手できるのは驚きです。(といってもせいぜいランチ1回分の値段ですが、、、、)欠点としては入手までに若干(半月くらい)時間がかかることです。
 上写真は送られてきたパッケージで、大きさの比較のためにボールペンを入れてあります。
 中味は本体(右側の黒いバー状のもの)、リモコン、中央はホイップアンテナ、裏側にアンテナ台と接続線そしてTVを観るためにセッティングする超小型のDVDです。今回は本体と接続線しか使いません。

 右写真は以前に秋葉原で入手したもの( DS-DT305 )との比較です。( DVB-T+DAB+FM )は一回り大きいです。


 例によって早速中味を見てみます。右上がアンテナ端子、左がUSB端子、中央にある28.8MHzの水晶発振子の両側にある2つの黒い正方形が受信用のICです。


 そのうち左側が、今注目のICのRTL2832Lで、右はその拡大写真です。
 カニさんマークとIC名がレーザーで彫られています。このICは各種の復調に必要なデータをUSBを通じてコンピュータに送り、コンピュータはソフトウエアによりFM、AM、SSB、CWなどを復調する、いわゆるSDR(ソフトウェアラジオ Software Defined Radio)を形成します。


 左写真は全体写真の水晶発振子の右にあるチューナーIC( R820T)の拡大写真です。このICはとりわけ高感度で、このICが搭載されているものを探していたのです。

 ちなみに右下は、 DS-DT305です。
 やはり配置は同様で、左側のUSB端子のそばにはRTL2832Lが配置されており、ただ右側のチューナーICが FC1003 となっている点が異なります。

 さてこのチューナーをつかって広帯域受信機にするには、パソコンにソフトウエアをインストールせねばなりません。私はSDRSHARP(SDR#)というソフトを使いました。詳細はSDRSHARPでネットをググるとたくさんの記事が出てきますのでそれを参考に、、、、

 特にインストールするときにダウンロードされるRTL2832Lのドライバーを組み込むZadig.exeというソフトはすばらしいと思いました。
 RTL2832LというICの機能を見通して、本来とは異なる使い方をする、、、、などはソフトのすばらしい勝利でしょう。

 左写真は、パソコンのUSB端子にチューナーを差し込んでFMを試聴しているところです。チューナーのパワーオンインジケータのブルーLEDがきれいです。
 チューナーから延びている線は、アンテナで、窓の外に垂らしてあるビニール線につながっています。
 

 右写真はSDR#によってNHKFM(82.5MHz)を受信しているときのパソコン画面です。
 この、波のように見えるのが周波数のスペクトラムで、左端から右端までが2MHzのスパンで、中央にそびえているのが、ちょうど82.5MHzで、強い電波があるので鋭い山のように見えるのです。ちなみに画面下に見えている橙色のラインはやはり82.5MHzでの電波強度を示しています。

 今回はとりあえずラジオとして機能した(でもFMはなかなかきれいにきこえています)だけですが、広帯域受信機として機能させるにはもうひとつ工夫が必要です。

次回に続く、、、、

2013年5月6日月曜日

5月連休の庭花


 先回のブログでも書いたように、今年は静かな5月連休になりました。

 4月中はなんだか忙しく、庭の花々をめでる暇もなく、というか季節が不順なのか昨年のように順序だって花々が咲いてくれませんでした。

 五月晴れの朝、初夏の日差しに輝く花々を観たとき、その輝きにあらためて目を覚まされた思いがしました。

 写真は入り口から庭をみたものですが、家人の丹精や、草花の種類を選びうまく配置したデザインはなかなかのものだと思っています。
(写真はどれもクリックで拡大できます)


 我が家のシンボルツリーであるクロガネモチの木陰にはイングリッシュブルーベルがタツナミソウとともに一斉に咲き誇っています。



 クロガネモチの枝に吊るされているハンギングバスケットには白とピンクのアリッサムが心地よさそうに風に揺られていました。



 今年は例年になく、鉢植えのナスタチウムの花の色が鮮やかです。






 オダマキはもうほとんど終わっていますが最後の花が残っていました。



 かわって、シランが花をつけ始めました。我が家では白花が紫花よりはやいです。





 クリスマスローズももう終わりの季節ですが、この一本は最後の美しさを誇っています。



 キスゲが色鮮やかに咲いています。期間は短いですが、なかなか存在感があります。




 庭木もツバキ、サンシュユがおわり、ハコネウツギがピンクの花を咲かせ始めています。この花は満開時は少々うるさい感じがしますので、わたしは咲き始めがきれいで好みです。



そしていよいよバラの季節です。このバラはアーチを作ったりしての丹精の結果?、我が家にやってきてようやく今年花をつけました。馥郁とした香りが特に強く、うっとりとした気分にさせてくれます。

 さらにこれから夏に向かって何種類かの草木が楽しませてくれることでしょう。

2013年5月1日水曜日

ベルリンの壁消失?


 ことしもゴールデンウィークがはじまりました。例年だと子供たちが孫を連れてどっと押しよせるのですが、孫も成長するにつれ、それぞれの仕事?があって来られず、ことしは静かな連休になりそうです。ということで家人が古いアルバムの整理を始めたので、私は私の分を、、、、
 いろいろ整理していく中で、1990年にドイツへ出張したときの写真を見つけました。そういえばラジオで「マンションの建設ラッシュなどで、かつてのベルリンの壁がどんどんなくなっていく、、、、」と報じていたのを思い出しました。

 ベルリンの壁の開放は1989年11月9日とされていますが、これは東ドイツ政府が「旅行者の国境通過を大幅に緩和する、、、、」旨の公表をかなり曖昧に、さらに緩和すると思われる発言(失言?)をしてしまい、即時に東ドイツ市民が何万と国境に押しかけ、あっという間に国境を通過して事実上開放してしまった事によります。
 当時は天安門事件(1989.6.4)のあとでもあり、武力弾圧などは当時の為政者にとって出来る状態ではなかったのでしょう。

 左はそのとき国境検問所近くでもらった、国境開放証明書です。もちろんジョークでしょうが大切に?保管してあるのを見つけました。誇らかに「1989.11.9 Offnung der Grenten(国境開放)」と謳っています。

 右写真はその国境検問所チェックポイント・チャーリー (Checkpoint Charlie)です。ここでは東西分裂時代、多くの悲喜こもごもなことが起こった事でしょう。東西ドイツの合併はこのあと5ヶ月経った1990年10月3日の事ですから、まだ国境検問所は機能しており、このあと正式に手続きをして東ドイツに入ったと記憶しています。


 そしてこんな立て札が、、、、「ここから先はアメリカの権限が及ばないところだよ!!!」


 


 その右手には西側市民が手に手にハンマーを持って壊し始めた「ベルリンの壁が、、、、」

 はるかかなたまで続いていました。

 右写真のこの場所は壁が大きく壊されており、その壊された部分が少し、木材で補修してあります。

 また見上げると、よく映画やドラマに出てきた監視哨がありました。もう安全だとわかっていてもなんとなく緊張してカメラを構えているのは23年前の私です。

 何を狙っていたかお分かりでしょうか?
 じつは壊れた壁の向こうに東ドイツ兵がいたのです。
 公式にはまだ国境は存在しますので、壊れたところを監視する任務を負っていたのでしょう。


 二人の兵士たちはまだ若いと見えましたが、壁のこちらからヤンキー娘たちがキャーキヤー声を上げて冷やかしているのです。
 さすがに彼らは恥ずかしそうに下を向いたまま我慢をしていました。
 あの東西の冷戦時代を超え、これが平和でなくてなんなのでしょう。(でも現在はまた別の意味での、、、、)


 
そうこうしているうちに、「旦那、旦那、、、、」と声をかけられました。
 壁を壊す道具を貸すというのです!!!

 いくばくか払って私もベルリンの壁の取り壊しに手を貸しました。コンクリート製ですが、やってみると結構硬いものですぐに汗が出てきました。

 というわけで下の写真(これは、しまいこんであったものを今しがた撮ったものです)
 ポリ袋に入れてあったので、今でも当時を思い出させるようなにおいもします(気のせい?)。

 そしてあの壁にあった色はまだ褪せていません。古いアルバム整理がとんでもないところに行ってしまいました。
 これではいつになったら整理できるのか?

 冒頭の話ですが、もしベルリンの壁が消失してしまったら、残るのは私の手の中だけ???