2016年6月13日月曜日

念願の尾瀬へ (2/2)

 鳩待峠への分岐点前で弁当屋さんの車が待っていて、手渡されたものです。
 なるほど業者さんは東電私有地には入れません。

 ミズバショウの花をあしらった包み紙がかわいい弁当ですが、中身はおにぎりが二つと本物の梅干?(包み紙にかいてある タネに注意)・香の物でした、勿論容器は持ち帰りです。










 右上写真は山ノ鼻の休息所風景ですが、この時期平日でもそこそこ混雑していますので夏の最盛期は想像を絶することでしょう。











 ムラサキヤシオツツジ(紫八汐躑躅)が咲いています、花は小さめですがピンク色はよく目立ちます。

 山ノ鼻、標高1400mの道標があります、鳩待峠から191mを1時間かけて降りてきたことになります、、、、ということは帰路は登り!!


 私たちは上写真左奥の「尾瀬植物研究見本園」へと進みました。
 
 尾瀬植物研究見本園のパノラマ写真です、クリックして拡大してみてください、左側の山が至仏山です。

 尾瀬植物研究見本園となっていますが実際には人の手の加わっていない尾瀬の自然の一部だそうです。 

 唯一の人工物である、湿原周回の木道を歩けば、湿原の起伏や池塘(ちとう:湿原の泥炭層にできる池沼)さらには浮島もあって尾瀬の自然を十分に味わうことができる、とのことです。

 私たちは内側の小回りコース1kmを約20分散策しました。

 さっそく足下を見るとチゴユリ(稚児百合)がありました、まだ蕾で花は咲いていませんが、驚くほど新鮮な感じがします。


 前述の池塘(ちとう:湿原の泥炭層にできる池沼)の傍でガイドさんから説明を受けています。

 池の底にはスイレンの仲間のコウホネ(河骨)がありましたが、ようやく葉が一枚だけ水面に出たところでした。


 
 待望の尾瀬に咲くミズバショウの風景です。
 すでに盛りは過ぎてはいますが満開時を充分にイメージさせてくれました。

 尾瀬といえば新潟県上越市生まれの詩人江間章子作詞・中田喜直作曲になる歌曲『夏の思い出』がつよく連想されます。


    1. 夏がくれば 思い出す          2. 夏がくれば 思い出す
       はるかな尾瀬 遠い空             はるかな尾瀬 野の旅よ
    霧のなかに うかびくる           花のなかに そよそよと
       やさしい影 野の小径             ゆれゆれる 浮き島よ
       水芭蕉の花が 咲いている         水芭蕉の花が 匂っている
       夢見て咲いている水のほとり       夢みて匂っている水のほとり
       石楠花色に たそがれる           まなこつぶれば なつかしい
       はるかな尾瀬 遠い空             はるかな尾瀬 遠い空


 コバイケイソウ(小梅蕙草)の群生も見られました、夏になるとふさふさとした白い花が一面に咲き乱れることでしょう。









 1本の茎から特徴的に2輪ずつ花茎が伸びるニリンソウ(二輪草)はあちこちで見られました、奥に見える紫色の花はオオバタチツボスミレ(大葉立坪菫)でしょう。

 尾瀬ヶ原を燧ケ岳(ひうちがたけ)の方向に進んでいくとトレッカーがひっきりなしに向こうからもやってきます。






 寒地の湿原に生育するというヒメシャクナゲ(姫石楠花)です。最初はガイドさんに言われてもそれとわからないほど小さく(30cm以下)足下で咲いていました。










 遠く木道から離れたところの川べりにもミズバショウの群生が見られます。

 ワタスゲ(綿菅)が群生しています、別名のスズメノケヤリ(雀の毛槍)と言ったほうが微笑ましいとおもいますが、、、、









 川の中で鳥が二羽たわむれていました、遠くから来たのでしょうか。

 前方に東北地方最高峰(2356m)であり日本百名山にその名を連ねる燧ケ岳(ひうちがたけ)が隠れていた雲の中から突然美しい姿を披露してくれました。

 よく観ると頂上付近にまだ降ったばかりの雪が見られます。

 後で聞いたら尾瀬ヶ原の気温も6℃だったとか。



 木道のすぐ傍でかわいいピンク色の花を見つけました、リンゴの花に似ているとおもったらズミの花でした。

 ズミはその名のとうり酢実と書き、実がすっぱいことをあらわしています。勿論リンゴの仲間です。

 しばらく行くと比較的大きな池塘にたどりつきました、この池塘には種々の形をしたたくさんの浮島が浮かんでいました。
  
 そして岸に近いところには氷河期の生き残りとされているミツガシワ(三槲)がいくつか咲いていました。








 この尾瀬ヶ原にもところどころレンゲツツジ(蓮華躑躅)が彩りを添えていました。




 そろそろ帰路に着く時間になったようです。
 せせらぎの中に咲いているリュウキンカ(立金花)とミズバショウ(水芭蕉)に別れを告げました。





 カラマツの古木でしょうか、彼らにも見送られながら引き返しました。

 最終日の朝もよい天気となりましたのでホテルの周辺を少し散策してみました、咲き乱れているルピナスの向こうに見えているのはホテルのゴルフコースでしょう。

 白樺越しに見える芝生へのスプリンクラーの散水も朝日に光って綺麗です。









 少し早い朝食後、奥只見湖に向けて出発です。

 関越自動車道を北上する際に車窓から見られた谷川岳(1977m)ですが、頂上がマンタの頭のように見えています。





 さらに北上して八海山(1778m)が見えてコシヒカリで知られる魚沼にやってきました、勿論八海山といえばお酒ですが、、、、










 尾瀬へ72kmの標識を見つけました、私たちはこの交差点を右折して東へ向かい、シルバーラインを通って奥只見湖に向かいます。
 この交差点の左(西側)は魚沼市街なので、魚沼-奥只見湖-尾瀬のルートもあると知りました。

 奥只見湖のパノラマ写真です、拡大してみてください、左側が奥只見ダムです。 



 遊覧船の発着桟橋です。

 湖面が鏡のようで、山が写っていますが、秋の紅葉シーズンにはここも大勢の観光客が押し寄せるとのことです。

 湖面から見た燧ケ岳(ひうちがたけ)です、再度ここで尾瀬に別れを告げ帰途に着きました。

   ― 完 ―

2016年6月12日日曜日

念願の尾瀬へ (1/2)

 念願の尾瀬(尾瀬ヶ原)へでかけてきました、50年ぶりに夢が実現、とは家人の言。

 ツアーを申し込むにあたって、「ところで尾瀬ってどのあたりだっけ」ということで再確認しましたが、日光に近く(2007年に尾瀬国立公園となる前は尾瀬は日光国立公園の一部だったそうで、、、、)ツアーが3日がかりで、初日・最終日のバスが塩尻から各々約300kmもあるのもうなずけました。

 旅程は初日が上図の①とある緑のコースで、途中「湯沢高原ロープウェイ」に乗り、水上I.C.をへて水上高原ホテル200に至ります。
 2日目が念願の尾瀬観光。(図の②とある青のコース)
 3日目最終日はさらに北上して図の③とある紫のコースで奥只見湖遊覧をして塩尻に向かいます。

 さらに尾瀬についても調べてみましたが、本来は山小屋に宿泊して幾日もかけトレッキングを楽しむ、というほど広大であり、またこの地が東京電力の私有地であることも知りました。

 右図はその東京電力が紹介している日帰りコースで、左下の鳩待峠まで許可されたバスで行き、そこから尾瀬ヶ原の入口である山ノ鼻へ行き、周辺を散策する、、、、というもので、おそらく私たちも同様でしょう。
 さていよいよ当日になりました、懸念された天候も何とか持ちそうで一安心です。

 ただこの季節にしては異常に強い寒波が南下しているとかで、長野自動車道を北上する際に安曇野あたりの西側の山々にまだ雪が見えています。

 昼食後、湯沢高原ロープウェイの乗り場に到着したのは午後3時ごろでした。

 このロープウェイのウリは166人乗り(世界最大級)のゴンドラで、ふもとから山頂への全長1,300m/高低差500mを秒速5mのスピードで所要時間約7分間かけて運んでくれます。

 残念ながら遠くの山々は霞んでいますが、右下に見えているのは上越新幹線の越後湯沢駅です。

 この山頂にはアルプの里という遊園地があり、そのなかに高山植物園があるというので、早速行ってみました。

 高山植物園の入口にある「あやめヶ池」です、その名のとうり周辺にアヤメが咲いていました。

 さらに行くとサクラソウの一種であるクリンソウが今は盛りと咲いていました。













 続いて見えてきたのはレンゲツツジですが、朱、黄そしてピンクの三色が並んで咲いているのは珍しい光景です。



 名前はわかりませんが、白い小さな花が岩場を模した庭にたくさん咲いています。

 その隣に、アルプスで有名なエーデルワイスの親戚?が三種類咲いていました。

 右から、ウスユキソウ、ハヤチネウスユキソウそしてレブンウスユキソウです。
 この高山植物園は当初念頭にありませんでしたが、よく手入れされており、園芸種が多いとは言いながら色とりどりのたくさんの花が咲き競って私たちを楽しませてくれました。

 ただ残念なことに山頂は寒く、霧が発生し視界も徐々に悪くなってきたので、早々に下山しホテルに向かいました。

 明けて2日目、幸い青空が見えていますが風が強く寒いです。

 水上高原ホテル200はゴルフ場、スキー場、温泉、トレッキングコースを備え、尾瀬、谷川岳などへの起点ともなりうるリゾートホテルで、200の意味は敷地が200万坪、東京から200kmそして200分という意味とか、、、、

 いよいよ尾瀬に向けて出発しました。

 途中、奥利根ゆけむり街道を登っていきますが、この利根川の支流である傍らの渓谷は照葉峡とよばれ、大小11の滝がある関東の奥入瀬とも称される渓流です。

 かの俳人水原秋櫻子が日本一の紅葉と謳ったそうですが、新緑の今も美しく、心が洗われるようです。

 このあたりは東京都民の水瓶だそうで左上写真のような標識があります、そして程なくして尾瀬国立公園の標識も、さらに行くと江戸の昔に伝書鳩の到着を待ったという鳩待峠への分岐点を通過しました。

 ただ残念なことに今年は気候不順のせいでミズバショウのシーズンが例年より一ヶ月早く、すでに終わっていると聞かされ一同大ショックでしたが今となってはどうしようもありません。


 鳩待峠に到着しました。
 駐車場には許可された小型のバスがずらりと並んでいますが、私たちのバスはすぐに帰って行きました、おそらく長時間駐車はできないのでしょう。

 この地点から尾瀬ヶ原(山ノ鼻)まで3.3kmの標識があります。
 上写真左下でこの地が標高1591mであることを説明しているのはこの日私たちのガイドを務める鹿島田さんです。

 ここから山ノ鼻までの3.3kmは標高差200mを下って行くわけですが、その下りのほとんどが最初の1kmにあるということで緊張しながらの出発です。

 そして足下も階段状でこそありますがゴロゴロした石が多く、歩きにくいことこの上もありません、、、、というのも尾瀬ヶ原の美しいイメージだけでやってくるハイヒールさんたちを思い止まらせるためでもあると聞いて納得しました。
 鳩待峠から山ノ鼻までは谷間を歩く山道ですが、多くの高山植物を目にすることができました。

 右写真はユリ科のエンレイソウ(延齢草)で黒紫色の花をつけていますが、のちほど白い花のものも見かけました。






 道端にガクアジサイのような花を見かけましたが、これはオオカメノキであると教わりました。葉の形が亀の甲羅に似ているところに由来するようです。


 石造りの階段の場所を過ぎると後は右写真のような木で作られた木道や階段に変わり、路はさらに下っていきます。






 路は右側通行で、対向木道が空いていれば追い越しも可能です。

 木道はカラマツの木で作ってあり、焼印で施設年度がわかりますが、寿命は約10年とのことです。

 マイヅルソウです、葉のハート型模様が家紋に使われる舞鶴紋に似ていることから、舞鶴草という名がついたそうです。




 視野の開けたところにきました。ブナの木の新緑がきれいです。
 このあたりは分水嶺の鳩待峠を越えていますので、日本海側に流れます。
 よく見ると山には雪が残っています。

 ドウダンツツジに似た赤い花を見つけました、コヨウラクツツジ(小瓔珞躑躅)です。

 瓔珞とは仏像の上にある天蓋から垂れ下がっている飾りのことだそうです。

 小さな道標がありました「3.3kmの路を1.1km来ました、残り2.2kmで山ノ鼻です、これからは緩やかな道になりますョ」とはガイドさんからのうれしい案内です。

 葉がフキのような形をしていますがサンカヨウ(山荷葉)です。
 花が終わったあと、濃い青紫色で白い粉のついた、食用になる甘い実をつけるそうです。

 尾瀬に来て初めてのミズバショウを木道の近くに見つけました、幸いまだ花が残っています。
 水辺からはかなり離れてポツンと一人咲いていますが、「熊さんがミズバショウの実を食べ、運んだのでしょう」とはガイドさん。


 さらにしばらく行くと木道の両側に沢山のミズバショウの群生がありました、なるほどここいらは湿地帯です。

 例年であればこの時期ミズバショウの白い花の列が観られたことでしょう、でもすがすがしい空気の中を鳥の声を聞きながら快調に歩けることの幸せをあらためてかみしめました。










 木道の脇の木の幹に赤い布が巻きつけてありました、今年の積雪の高さで1.5mほどありましたが例年の半分程度とか、、、、







 足下にかわいい花を見つけました、ミヤマカラマツ(深山唐松)でしょうか。

 ようやく前方に山ノ鼻の建物が見えてきました、時刻もお昼近くです。








 この先は昼食の弁当を食べてから、ということで。

― つづく ―