2013年8月2日金曜日

遥か南米へ4万キロの旅 その10(いよいよ最終日 クスコ・リマ)


 10回にもわたって続いたこの記事もいよいよ今回が最終回になりました。
 
 今回は宿泊地ウルバンバをあとにして、かつてのインカ帝国の首都クスコに向かいます。そこでまた観光をした後、飛行機でリマに戻り、少ない時間ではありますが、市内観光をした後、宿泊。翌早朝サンフランシスコ経由で羽田へ向け出発します。
 例によってかなり厳しいスケジュールですが、この際、最後ですのでイケイケの雰囲気です。

 昨日のホテル到着はそろそろ暗くなっていましたので気がつきませんでしたが、朝起きてみるとかなり広い庭があり、少し散歩の時間を持ちました。

 この地方の家々の屋根には左写真のような、飾り物が載っています。多くは素焼きのものが多いのですが、このホテルのものは色付です。これは一種の縁起物で、いわば「天下泰平・家内安全・五穀豊穣」を祈願しているとか、、、、

 右写真はホテルのロビーで見つけた、チェスです。 
 でも並んでいる駒が面白いです。インカ時代のキング・クイーンはともかく、一番手前のポーンはまさにその時代の兵士を彷彿としますし、ナイトにいたってはなんと、リャマがツンとすましています。

 ホテルをバスで出発してしばらくすると、前方に、なにやらにぎやかな行列が見えてきました。四・五十人くらいの集団がお巡りさんに守られながら、例によってラッパを鳴らし、太鼓をたたきながらお御輿を担いですすんでいきます。たまたま今の季節がそうなのか?みなさんお祭りがお好きなようです。

 約1時間半ほどしてクスコの町に入ってきました、人も車も多いです

 町のほとんどの道はちいさな石のブロックが敷き詰められています。そういえばクスコ市街は世界遺産です、、、、

 私たちは先ず、郊外にあるサクサイワマン要塞の遺跡に行きました。ここは1200年代にインカ人がここを占拠する前、900年から1200年にかけてキルケ人が築いたと言われています。


 富士山の頂上より高い標高(3400m)のこの地は、酸素濃度が平地の約65%とされていますが、このような大土木事業をするのも大変だったでしょう。


 左写真は近くにあるケンコーの遺跡です。
 こちらはもともとあった岩を使って造られたように見えます。
 
 このあたりは郊外の高台にありますのでクスコ市街を見下ろす事が出来ます。(右写真)

 右写真の右下は町の中央に小さく見えているアルマス広場を拡大したものです。


 つぎに町の中央に移動しがてら狭い路地を抜けてサント・ドミンゴ教会へとやってきました。
 この教会はスペイン人が建てたものですが、その土台とされたのは、インカ時代の太陽神殿(コリカンチャ)の石組みです。







 右は教会の中庭をシクラメンの花越しに見たものです。

 教会の土台といっても左写真に見られるように、内部の石組みは部屋としても使われていたようです。
 石の窓から、次の、また次の部屋まで見通せる、精緻な構造物の様子です。

 石組み、わけても高貴な人々の住居のそれは、カミソリの刃も入らないというより、隙間はまったくないと言っていいほどに精密に出来ています。

 右上写真の中央の1cm角の石は、この遺跡の中で最も小さい石組みの石と言われていますが、何のために入れ子にしたのでしょうか、、、、

 左写真は石を自由自在に加工したといわれる、当時の遺物のいくつかです。

 右写真で見られるように、皆さんがいるところはインカ時代の石組みで近年造られた屋根の下に保護されており、左側に見えているのがサント・ドミンゴ教会の回廊です。


 サント・ドミンゴ教会の中庭から塔を見たところです。


 これはインカの人々が持っていた世界観を表現した、黄金のレリーフです。(本物はなく、レプリカ)
 この宮殿はコリカンチャ(コリは黄金、カンチャは部屋)と言われるように、いたるところに黄金の装飾があったとのこと。


 左写真は、この太陽神殿の祭壇のあったところです。
 当然のことながら、ここも黄金や宝石類で覆い尽くされていた事でしょう。これをスペイン人が略奪し、さらに金塊にして本国に移送したということは、文化遺産が消滅したと言う意味で人類にとって大損失、、、、




 次の目的地は「12角の石」の見学です。
 恥ずかしながら私は実物を見るまで、それがどのようなものかはまったく承知していませんでした。

    観光客が現地人のモデルと一緒に記念撮影です。カメラを構えているのもモデルです。そばで白犬が怪訝な顔、、、、

 途中の町並みと道路です。道路は歩道つきの立派なものです。大勢でぞろぞろと「12角の石」に向かって歩きます。


 このあたりの家の、二階の窓には木製のバルコニーがついています。これもある時代の流行とか(もちろんスペイン時代)、、、、


 左写真はこの付近の家にある象徴的な石積みです。下のほうはインカ時代のもので、つくりがシッカリとしていますが、その上のほうはスペイン時代以降で、何か適当に積んであるように見えます。
 写真の下に見えているのは人の手で、石積みの大きさがわかります。
 ちなみにこの手の人(女性)はなんとなく石に寄りかかっているように見えましたが、「オヤ!」と見直す間もなく膝元から崩れ落ちて行きました。そうです、高山病なのです。これと同じシーンをスイスアルプスでみました。景色は日常的でもここは標高3400m、富士山より高いところにいるのです!!!

 王様の衣装をつけた人もいました、モデルのアルバイトさんなのでしょう。

 ふと気がつくと皆の足が止まっています。これが「12角の石」、、、、家人に言われてやっとわかりました。確かに数えると辺が12あります。 なんとこれが、、、、大騒ぎするほどの、、、、
 インカの石工さんが、あちらこちらの取り回しから最後に得意の技で石を加工して、スッポリとはめ込んだということなのでしょうか。ヨ! インカの左甚五郎!!!

 再びアルマス広場に戻ってきました。先日にも増して、広場は大賑わいです。大聖堂の横をはじめ、そこかしこに、飾り物のパネルが立てられています。

  昼食を先日と同じレストランで摂り、しばし休息の後、リマに向けて飛び立ちました。

 広場中央にはインカ帝国を大いに繁栄させた「パチャクテク皇帝」の像が手を挙げています、あたかも別れを惜しんでいるようです、、、、

 リマに到着したのは16時近くで、そろそろ陽も落ちかけてきていました。予定にはありませんでしたが、急遽、天野美術館へ行く事になりました。

 天野博物館は実業家・天野芳太郎さん(1898~1982年)が、ペルーの首都リマ市に私財を投じて1964年に設立した本格的なアンデス文化に関する考古学博物館なのです。
 インカ時代は氏のアンデス文化のスパンから見ればほんの一瞬である事がわかりました。この長いスパンのなかで、焼き物や織物に関する発掘品のコレクションはすばらしいの一言につきます。
 ここを訪れることが出来たのはまさに幸運でした。

 美術館を出たときにはすでにあたりは夜の景色でした。


 ここリマのアルマス広場でしばしのときを過しました。右写真は大統領府です。





 色とりどりにライトアップされた建物がきれいです。噴水の側に佇んでいたら、急に日本が懐かしくなりました。

 さあ明日は帰国です。

------ 完 ------

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